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太陽の10億倍の明るさ 「ナノテラス」が中小企業を照らす
冒頭から私事で恐縮だが、1月、日刊工業新聞社からフロンティア・マネジメントに転職した。日刊工業新聞では記者・編集者として約15年間務め、自動車・金融業界、財界、中小企業、経済産業省のほか、大学における先端研究の第一線で取材を重ねた。
企業・産業の競争力向上や先端研究開発に挑むダイナミズム、あるいは栄枯盛衰を目の当たりにして得た知見を活かし、「Frontier Eyes Online」で読者の方々に少しでも気づきを与えられるような情報を発信できれば幸いである。
初回は、さまざまな分野の応用へ期待が高まる新たな研究施設「ナノテラス」とその産業貢献を取り上げる。
100万分の1ミリメートルの世界をとらえる光
ナノテラスは、東北大学の青葉山新キャンパスに建設された次世代放射光施設で、2024年度に運用開始となる。
「放射光」とは、電子を加速器で光の速さ近くまで加速し、電磁石で進行方向を曲げたときに放たれる極めて明るい人工的な光(X線)である。放射光は明るいほど対象をくっきりとらえられるが、その明るさは太陽の光の10億倍以上。可視光に比べて波長が短く、ナノメートル(100万分の1ミリメートル)スケールの世界をとらえることができる。
1947年に米GEで世界初の放射光が観測され、60年代から日本、米国などで放射光研究が本格化。74年に世界で初めてとなる放射光専用加速器が東京大学原子核研究所に設置され、97年に運用が始まった兵庫県佐用町にある「スプリング8」を含め、放射光施設は現在国内に九つある。
激しさ増す国際競争
世界で見ると放射光施設の数は現在約50。新設や既存施設のアップグレードが進んでおり、国際競争は激しさを増している。
放射光施設にはさまざまな種類があり、それぞれに得意分野がある。スプリング8は、世界最高性能の放射光を生み出すことができ、「硬X線」を得意とする。硬X線とは、X線の中でもエネルギーが大きいもので、エネルギーが低い「軟X線」と区別される。
一方、国内10か所目となるナノテラスの強みは軟X線だ。日本は軟X線で出遅れており、ナノテラスはその空白を埋める役割を担うことになる。
軟X線の放射光は、軽い元素(周期表の上の方の元素、例えば、リチウム、窒素、酸素、リン、硫黄など)を感度良く測定でき、硬X線が得意とする物質構造の解析に加えて、物質の機能に関与する電子状態の解析を可能とする。
ナノテラスの軟X線の放射光は、スプリング8の100倍の明るさをもつ。
幅広い産業応用
世界で放射光施設の建設が相次ぐのは、学術研究や産業高度化の面で大きな利用価値があるからだ。
産業利用で見れば、スプリング8はエレクトロニクス、生活用品、建材、燃料電池、製薬など、多分野にわたる素材・製品の技術開発に活用されている。
例えば、住友ゴム工業はグリップ性能と燃費性能に優れたタイヤの開発につなげた。具体的には、タイヤゴムの性能向上のために添加するシリカなどのナノ粒子が形成するネットワーク構造をX線で観察し、燃費性能を下げている部分を明らかにした。
この結果を反映した分子設計を行い、シリカ粒子が分散した構造を持つ新材料を開発。高性能タイヤを実現した。
ナノテラスも幅広い産業分野で応用でき、企業の技術開発力強化を後押しするツールとしての役割が期待されている。
世界最高性能支えるベンチャーの技術
ナノテラスの運用開始にあたって、筆者が注目しているのは中小企業やベンチャーへの波及だ。
スプリング8が誇る世界最高性能の放射光は、大阪府茨木市のベンチャー、ジェイテックコーポレーションのミラー技術が支えている。
同社が大阪大学と理化学研究所と開発した高精度X線ミラーは、世界各地の放射光施設で活用されており、「オオサカミラー」というブランドを確立。同社は、創業当初からライフサイエンス事業を展開しているが、iPS細胞の培養装置に領域を拡げ、2018年に株式上場するまでに成長した。
スイスの放射光施設周辺ではスタートアップ企業が続々生まれているといい、放射光施設を利用する企業の多様なニーズに応える中で、放射光の技術進展が新産業を育んでいる。
ナノテラスでも放射光技術を通じて成長する中小企業やベンチャーの出現が期待できる。
放射光の利用で地域経済を発展
放射光施設の利用という観点でも、中小企業やベンチャーの可能性は広がる。
スプリング8の利用企業は大企業が中心だった。ナノスケールの精緻な技術力を有する優良中小企業は各地にある。自社製品をナノレベルで把握できれば商品力の向上につなげられる中小企業もあるだろう。
放射光の利用を通じて、地域の中小企業の技術力や商品力が高まれば地域経済の発展になる。この点、ナノテラスは大学や企業が密に連携できる新たな仕組みを取り入れており、東北地域の中小企業も巻き込んでいることは評価できる。
国内の放射光施設は中小企業にも門戸を開き、放射光が利用できる環境整備を一層促進すべきだ。放射光技術は専門性が高く、どのように活用できるかイメージできない中小企業も多い。学術界のこれまで以上の手厚いサポートが欠かせない。
中小企業にも豊かな実りを
ナノテラスの名前は、ナノスケールの世界を照らすという意味に加え、世の中を照らす日本神話の「天照大御神」が由来である。ナノテラスで行われる研究や成果が、世界の学術や産業にも豊かな実りをもたらすようにという願いを込めたという。
筆者は10年ほど前にスプリング8を訪れ、自動車メーカーが参画する燃料電池触媒の劣化解明プロジェクトを取材し、研究者たちの熱意に触れた。その後、多くの成果が出ていることを感慨深く感じるとともに、あらためて放射光の可能性に感じ入る。
ナノテラスには大企業だけでなく、中小企業にも豊かな実りをもたらすことを期待したい。
参考文献
#01 NanoTerasu(ナノテラス)への期待 | まなびの杜 (tohoku.ac.jp)
230419-seminar-nanoterasu.pdf (77bsf.or.jp)
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