「キャリア自律」の時代、企業も社員も変化せざるを得ない

「私はいつも、会社のためにばかり働くな、ということを言っている。自分のために働くことが絶対条件だ」と語ったのは本田宗一郎氏(本田技研工業創業者)。それは1969年に社員に対して発信した言葉だ。

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「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

同様のメッセージである「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」と発信したのは、前職であるリクルートの創業者・江副浩正氏だ。創業から8年目に当たる1968年に公式の社訓として掲げた。その社訓を入社した1987年に学びました。まさに現在の日本で注目が高まるキャリア自律を先んじて推奨していたということなのかもしれません。

急成長を遂げてきた企業では同様の姿勢を社員に求めていたように思います。前職で編集長として取材したベンチャー企業の経営者が「会社に縛られるような働き方をしてはいけない」と力説していたことを覚えています。

ただ、あくまで急成長をする企業における限定的な話。世の中一般的には会社のために働くことが重要。会社の示してくれるキャリアに対して忠実に頑張っていくことが成功の近道でした。ゆえに「会社があなたに期待していること」を教えてくれるビジネス書は何冊もベストセラーになり、もてはやされてきました。

独自プログラムや面談・研修で「キャリア自律」促進

独自プログラムや面談・研修で「キャリア自律」促進

ところが状況が徐々に変わりつつあります。例えば、富士通でのキャリア自律支援では、「すべての社員が魅力的な仕事に挑戦し、常に学び成長し続ける」という目標のもと、キャリアオーナーシップを磨く取り組み「FUJITSU Career Ownership Program」を開始。

あるいは、日本の大手銀行持株会社である株式会社みずほフィナンシャルグループは、各社員のキャリア自律の考え方を理解、実践できるように面談や研修など支援を実施しています。(支援体制が万全そうなのが大企業らしさかもしれませんが)日本を代表する大企業がキャリア自律を社員に促すようになりつつあるのです。こうした大企業まで巻き込んだキャリア自律に関する動きを一緒に理解していきたいと思います。

キャリア自律(Career Self-reliance)とは、主体的に、価値観を理解し、仕事の意味を見出し、キャリア開発の目標と計画を描き、現在や将来の社会のニーズや変化を捉え、主体的に学び続け、キャリア開発すること。

労働人口減少により企業の「必然」に

労働人口減少により企業の「必然」に

企業は果敢に取り組むべき必然が迫ってきています。その必然とは?労働人口の減少が挙げられます。国内の労働市場が2030年には「644万人の人材不足」となることが明らかになっています。人材不足が続く中で、企業は優秀な人材を確保するだけでなく、社員一人ひとりの労働生産性を高めなければならない。

そのためには、一人ひとりが自ら考え行動するような主体性を持った社員が必要です。生産性の向上は企業が迫られている最優先課題であり、その実現に向けた人材戦略としてキャリア自律をすすめようと大企業が動きだしたのです。

先述したような大企業の動きは先端事例として様々なホームページ(HP)にてアップされるようになりました。こうした動きが察知されるようになると乗り遅れてはいけないと一気にトレンド化されるのが大企業全体の傾向。

当初は必然からはじめているはずでしたが、同業他社が取り組んでいるからという理由の方が取り組みを加速させる背景にあるようにも思えます。

ただ、いずれにしても大企業が必至で取り組み始めたのは事実。HRプロの調査でも社員1000名以上の大企業ではキャリア自律の推進に関して「取り組んでいる」との回答が6割以上。「取り組みに向けた検討をしている」まで合わせると9割近くにも上っています。この数値は1000名以下の中堅企業と大きな差が出ています。

「パンドラの箱を開けたかのように離職が増えるかも」

「パンドラの箱を開けたかのように離職が増えるかも」

それだけ、横並び意識も踏まえて加速しているのかもしれません。ただ、こうした動きに対して否定的な大企業もあります。

企業がキャリア自律を促すなんてことはやってはいけない。そんなことはリスクになるだけ。と、こうした動きに対して否定的な意見も少なくありません。自分のキャリアについてあまり考えて来なかった人に考える機会を促すことは、結果としてパンドラの箱を開けたかのように離職する社員が増えてしまうかもしれないからです。

ある、業歴50年を超える製造系大企業の人事部長も「組織に対する帰属意識が薄れ、離職者が増えるのではないか?」と考えて、キャリア自律を叫ぶことを長らく控えてきたと話してくれました。

キャリアを意識させず忠誠心の高い人材を…成功体験

キャリアを意識させず忠誠心の高い人材を…成功体験

長年、新卒採用を中心に人材確保を行い、キャリアという概念を意識させず、会社や組織に忠誠心の高い人材を重宝してきました。このシステムこそが成功体験なので、壊したくない。リスクになることは排除したい。このように捉えてのことなのでしょう。

そもそも、各自のキャリアは人事異動や研修の受講などで広がりをみせるものですが、企業の辞令や指示で行う受け身なものが多く、主導権は企業側にありました。仮に不満があったとしても、それをぶつければ、意見した側にマイナスのイメージを残すので避けるべきと考えられ、主体性を持つことが難しいものでした。

これまでキャリアは所属企業の業務や研修などの経験を通じて形成されていくもので、自分の意志で切り開くことは難しい。あえて、キャリアを主体的に選ぶことが出来るのが転職活動でありました。ゆえにキャリアという言葉が魅力的に使われるのは転職系の情報に限られていました。

そのような受け身な選択肢しかないのであれば、考えても仕方なく、会社に依存することを選ぶことになるのは当たり前のことでしょう。こうした過去に縛られた発想にとらわれてしまうとキャリア自律はネガティブ派のままでいた方がいいとなるかもしれません。

社員の就業意識が変化し関心が高まっている

社員の就業意識が変化し関心が高まっている

でも、そのようなネガティブ派ではいられない状況に必然が迫ってきています。それが、社員の就業意識の変化です。企業は否定的ですが社員はキャリア自律に関心が高まる状況になってきています。

特に20代の若手社員で自らのキャリアを深く考えて、会社と個人の関係も自立した状況にもっていきたい志向が増えてきています。パンドラの箱はすでに開いており、会社はキャリア自律を考えることから逃げられない状況になってきていることがわかります。

(参考資料:PRTIMES│Job総研による『2022年 キャリアに関する意識調査』を実施 7割が今後のキャリアに不安 賃金上がらず不透明な未来に当惑

まずは企業としてどのように対峙していくべきか?考えていきましょう。話がやや脱線しますが、米国では1980年代に経済不況からキャリア自律を促したと言われています。その背景にはリストラや雇用の流動化を行う必要がありました。企業が生き残るための必然であったのかもしれません。

将来的な生き残りのため…「キャリア自律」加速

将来的な生き残りのため…「キャリア自律」加速

では、日本でキャリア自律が促されているのは同じような背景なのでしょうか?似ている点と違う点が交じり合っているように思われます。

日本は不況と言うよりは労働人口、特に少子化で若手が減少していくこと、先進7カ国の中で日本の労働生産性は最下位のままになっていること。この対処には古い人事慣習の打破、具体的には年功序列、終身雇用の撤廃が必要と考えての取り組みで、目先というよりは、将来的な生き残りのために決断をしているのではないでしょうか?

短期的に業績は悪くない、ただ、この延長線で社員に給与を払っていたら収益が下がることになる。収益が下がれば、企業価値が下がるので、その対策を早めに打つ必要がある。

そうした観点から社員にキャリア自律を促していると考えれば、企業が取り組み始めた背景がみえてきます。ならば、日本でも企業が生き残るためにキャリア自律に取り組みが加速していることを理解して、社員は、その動きをどのように活かすか考えてみることにしましょう。

転勤回避や副業解禁で「離職リスク」に対応

転勤回避や副業解禁で「離職リスク」に対応

企業の生き残りが背景にあるにしても、取り組むのであればリスクは最小化し、社員にとっても有意義なものにしていきたいものです。企業と社員双方にメリットとなるべく取り組みが行われているようにみえます。

まず、リスクとなる離職に関して、キャリア自律の支援がすすむと、価値が高いと認識している層については離職リスクが高まることが確認されています。やはり、リスクは存在しているのです。

(参考資料:パーソル総合研究所│従業員のキャリア自律に関する定量調査

そうしたリスクをゼロにすることはできませんが、減らす努力は必要です。そうした観点で幾つかの施策がセットで取り組まれています。それが副業の解禁や社内での異動希望を叶える制度やキャリアカウンセリングの実施などです。

加えて、現在の仕事のためではなく、新たなキャリアを導くための人材開発支援のプログラム提供など職場で働くことで広がりを感じる機会を提供することに努力する企業が増えています。

例えば、カゴメで取り入れられている転勤回避です。逆に希望と違う場合、希望地へ転勤の希望を叶える地域カードを配布しています。あるいは雪印メグミルクは女性社員が自身のキャリア形成に対する意識を醸成するための研修やキャリアアップへの不安を軽減するために先輩社員との意見交換や社内ネットワークの構築を実施しています。

こうした取り組みが積極的に開示され、各社が競い合う状況になってきています。社員にとっては望ましい状況にも思えますが、そのように理解していいのでしょうか?

もし、果敢にキャリア自律したいと考えているのなら、状況的には恵まれた変化が起きていると理解していいと思います。キャリア自律が加速するのは企業と社員の関係が対等とまではいきませんが、近づく機会になります。働き方も多様な選択肢が生まれて、自分のやりたいことに合わせて選択が可能になります。

取材した某システム会社に勤務しているSさんは、社内で公募されたFA制度に応募。エンジニアから管理部門への社内転職を実現しました。週末に通ったビジネススクールで得た知見が活かされたと話してくれました。このように自らがキャリアについて前向きに考えていくと、恵まれた状況になりつつあるということなのでしょう。

社員はやりたいこと・やるべきこと・やれることの考察を

一方でキャリアについて考えていない、意識が低い人にとっては面倒な状況になってきたと考えた方がいいかもしれません。上司や人事部経由でキャリアについて問われた際、自身のキャリアに関心がない為、仕事に関してこだわりがないと「どうして」「考えるべき」と迫ってくるかもしれないのです。

つい最近まで会社に対して忠誠心があれば十分。受け身な姿勢で仕事をやってくれていれば高く評価すると考えている人からすれば困った状況とも言えます。ただ、何も考えていない…と答えるのはプラスにはなりません。なにがしかのキャリアについて考えて整理していく必要が出てきたことは理解すべきでしょう。

企業がキャリア自律に対して積極的に取り組む人材を高く評価するように変化してきているからです。自分なりにこれまでのキャリアを棚卸して、自分として、これからやりたいこと、やるべきこと、やれることを明らかにしていくところから始めましょう。

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