若い経営者の会社売却が増加、M&Aを人生設計の選択肢に

私は中堅中小企業を対象としたM&A支援業務に10年以上にわたり携わってきた。従来は60歳以上の経営者の後継者問題を解決するM&Aが主流であったが、最近では40~50代の経営者が会社を売却する事例も増えてきている。「M&Aで会社を売却する=EXIT(出口)」という手法が、一般的に認知度が高まっていることも背景にあるが、経営者自身がまだ元気な年齢のうちに会社を売却し、その売却代金を資産運用に回し、老後資金をしっかり確保したい、あるいは自由な時間を確保したい、という理由も存在している。ちなみにその経営者が創業者であるか、2代目/3代目社長であるかはあまり関係がないことも特徴として挙げられる。過去の支援事例をもとに、ケーススタディを試みたい。

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会社の譲渡理由は様々

会社の譲渡理由は様々
【ケース①】
・経営者:A氏 50代前半(創業者)
・業種:人材派遣業
・売却先:人材派遣業(異分野)
・譲渡理由:業績が好調である一方で後継者はおらず、一度はIPO(上場)を検討したが諸事情により断念。第三者承継としてM&Aによる売却を決断。
〈ポイント〉
会社の規模が自身の経営の限界規模まで成長した。その後の経営に関しては、会社のさらなる成長のため第三者に株式を売却し、自身は早期リタイアしたいという希望であった。なお、No.2の人材が成長しており、その方を次期社長に就任させることによりスムーズにバトンタッチが完了。買収を実行した買い手企業は、異分野の人材派遣業であるが、対象会社の領域と異なる分野であったため、本件買収により同分野への参入に成功。
【ケース②】
・経営者:B氏 40代後半(2代目)
・業種:製造業
・譲渡理由:後継者不在であるが、自身が元気なうちに会社売却によりリタイアし、売却資金をもとに他のビジネスを始めたかった。
〈ポイント〉
社長就任前は違う領域の仕事をしていたが、創業者(父)からの依頼により、業績が非常に悪い状態のタイミングで経営を引き継いだ。その後、自身の代でしっかり利益を出せる会社へと立て直すことに成功し、自身の役割を終えたと判断したため、売却へと至る。買い手は中堅中小企業を投資対象としたプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)で、投資実行後は対象会社の企業価値は着実に向上している。
【ケース③】
・経営者:C氏 50代前半(創業者)
・業種:飲食業
・譲渡理由:経営者一人で2店舗(160席)の料理を提供していたが、自身の体力の限界によるものから売却を決断。
〈ポイント〉
地元では多くのファンに親しまれる人気店であったが、経営者は15年以上一人で料理を提供し続けた結果、自身の体力の衰えにより売却を検討。不動産価値の高い場所に店舗物件を保有しており、事業+不動産の売却に成功。買い手は食品製造業であり、グループ会社を含めたシナジー効果の創出に成功。

実情に応じた売却判断を

実情に応じた売却判断を

ケース①は、A氏は創業者として、自身の力量で経営しうる限界まで会社を成長させたが、その先は大手企業の組織力、資本力がなければこれ以上の成長は難しいと判断し、売却を実行した事例である。

買い手は同じ人材派遣業の会社であるが、対象会社の領域のビジネスは行っておらず、本件を通じて同分野の開拓、ノウハウの吸収をすることに成功した。

幸いNo.2の人材が育っていたため、買い手企業から社長を送り込まずとも経営を引き継ぐことができ、従業員を対象会社に出向させることで、新社長から同分野でのビジネスに関するノウハウを伝授されている。

また、買い手企業の地方拠点を活用し、ビジネスの拡大にも成功した。

ケース②は、B氏が2代目であったがゆえに、自身の役割を明確に定めていた事例である。

異業種から転身し、父親から引き継ぐ際には経営が傾いた状態であったが、様々な企業努力により、しっかり利益を出せる会社へと変身させた。これはB氏が経営者になる前に異業種において営業力を鍛えられる現場にいたことが功を奏した。

経営者になった後に、対象会社の技術力が非常に高いことがわかり、父親の代では大手の下請けしか行ってこなかったが、様々な顧客への営業を実施することにより一気に取引先が拡大。先代より引き継いだ際は赤字ギリギリで、多額の負債も抱えていたが、本件売却時には営業利益で1億円超、余剰資金も確保できている状態であった。

買い手は中堅中小企業を投資対象とするPEファンドであったが、対象会社の技術力をもっとアピールできれば今後さらにビジネスが拡大することを見込み投資を実行した。その結果、買収実行時よりも売上、利益ともに拡大している。

良好な経営状態、好条件を引き出す要素

ケース③においては、C氏は有名料理店で修業をした後、15年ほど前に独立し、地元の人気店となるまでに成長した。しかし、客席数が160席にのぼる大型店舗を、C氏が一人で調理をしていたため、長年の疲労から体力の限界を感じるようになった。

買い手は遠隔地の食品製造会社であったが、グループ会社が対象会社の近隣に所在しており、食材供給の観点からシナジー効果を発揮できるとの理由で買収を実行した。

また、多くの飲食店はテナントとしてビルに入居し、貸主と賃貸借契約を結び事業を行っているが、対象会社が所在していた場所は繁華街の一等地であり、C氏が独立した際に土地建物をローンで購入し自社物件として保有していた。当時と比べ、本件売却時には物件価値がかなり値上がりしており、事業価値だけでなく不動産価値も加えて売却することに成功した。

オーナー企業として事業を継続してくことが必ずしも正解ではなく、然るべき大手企業の傘下に入った方が、会社のさらなる成長に加え、従業員あるいはその家族も安心(福利厚生面含む)するといったことから、売却に至った事例も他にあった。

また、上記のケースのように経営者が若く会社の経営状態も良好であることから、好条件の価格で売却できる可能性が高いことも特徴の一つとして挙げられる。

なぜなら時間に余裕があるため焦って売却する必要はなく、またそのような優良企業を買収したい買い手は多く存在するため、買い手候補先が多くなればなるほど競争原理が働き、売り手にとって有利な条件を引き出せるからである。

手取り額 会社売却>役員報酬

手取り額 会社売却>役員報酬

さて、そのようなことを背景として実際に会社の売却に成功した経営者は、その後は資産運用をスタートすることが多い。なぜなら若くしてリタイアしたため、その後の人生で必要となる資金を増やしていく必要があるためである、

「72の法則」という計算手法があるが、これは資産を2倍にするために複利で運用した場合、何年かかるかという計算手法である。 例えば、複利で利回り5%で運用した場合は約14年で、7%で運用した場合は約10年で資産が2倍になるということである。

世の中には資産運用の手段として貯蓄型保険商品、株式、債券、投資信託などの有価証券、不動産など、様々な運用手段が存在する。

どの商品、手段を選択するかは人それぞれであるが、一般的に言われているようにポートフォリオ運用をする事例が多い。つまり、保険だけ、不動産だけということではなく、分散投資をしてトータルの利回りを確保するということである。

ちなみに、会社を売却せずに個人資産を増やそうとした場合、役員報酬を多く取るということも良く採用される選択肢ではあるが、役員給与にかかる税金は、報酬額が高くなればなるほど税率も高く、また社会保険料の負担も増えることから、最高でも手取り額は半分程度まで下がってしまうこととなる。

対して、会社(株式)を売却した場合、以下の税率となる。

  • 譲渡所得=譲渡価額-必要経費(取得費+譲渡費用)
  • 税金=譲渡所得×20.315%

譲渡価額は実際に会社を売買した際の株式価値であり、取得費は創業者であれば資本金、2代目以降であれば先代より相続、贈与、買取などで取得した金額となる。また、譲渡費用とは、会社を売却する際に依頼したM&A仲介/アドバイザリー会社への支払報酬や、付随する諸経費である。

つまり、役員報酬として5億円を受け取ることを目的とした場合、年間5,000万円を給与として受け取ると仮定すると、10年間かかることに加え、手取額は約半分となる。また10年間、会社の業績が好調を維持できる保証もなく、5,000万円の報酬を受領できないこともあるかもしれない。

「72の法則」で富を拡大

一方、株式を5億円で売却した場合、必要経費の金額にもよるが、一括で約3~4億円近い資金が手元に残ることとなる。
 
仮にM&Aで会社を売却し、税金を支払った後に手元に5億円残るとする。またオーナーの年齢が50歳だとする。

日々の生活費、子供への教育資金、余裕資金等を含め2億円を普通預金に確保した場合、3億円を運用資金に回すことができる。その資金を「72の法則」に従って複利5~7%で運用できれば、60~65歳になる頃に6億円の余剰資金の獲得ができる計画となる。

その結果、老後資金の確保にも成功し、次世代への富を残すことも十分可能となる。

同じお金を受け取るにしても、役員報酬として受け取るよりも株式売却の資金として受け取る方が手取り額が大きく違うことに加え、早期に資金を確保できるということから、オーナー経営者の資産形成にとってM&Aは非常に有効な手段であるという側面もある。

30代経営者もM&Aを検討する時代に

以上、40~50代の経営者による会社売却の理由、事例、その後の資産運用について紹介したが、最近では30代の経営者からも多くの相談を受けている。

彼らの業界を取り巻く環境、増税基調にある税制、自身/家族の人生設計など様々なファクターを考えた結果、M&Aによる会社売却を若い年齢のうちから検討したいということが、その相談の主な理由である。

それらに共通することとして、経営者が若いがゆえに時間的な余裕があるため、本業は好調を維持しながら、M&Aを経営戦略、人生設計の一つとして検討しているということである。

M&Aという経済行為は、人生で一度あるかどうかの大きな決断ではあるが、若い経営者たちが早い段階からその検討を始めているということは、その手法の認知度が高まってきており、また自身を取り巻く将来への不安に立ち向かっていこうとする行動の裏返しであると考えられる。

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