哲学とビジネス⑤~ギリシャ哲学者ソクラテスから学ぶビジネスの知恵~

古代ギリシャの著名な哲学者であるソクラテスは「哲学の父」や「哲学の祖」と呼ばれているが、著作を一切残すことなく生涯を終えている。そのため、彼の思考内容は弟子であるプラトン等の対話形式の著作からのみ知ることができる。本稿では、現代のビジネスの世界でも十分に生かすことができる「ソクラテスの考え方」や「ソクラテスの問答方法」について私見を述べる。

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西洋哲学のはじまり

西洋哲学のはじまり

西洋哲学の歴史は、下図の流れで推移している。その始まりとして知られているのが、古代ギリシャの3人の哲学者であるソクラテス、プラトン、アリストテレスだ。

図1_西洋哲学の歴史

西洋哲学は古代ギリシャのイオニア地方で、それまでの神話的な世界観を打ち破り、「万物の原理な何なのか」について考え始めたことから始まる。

具体的には、世界で最初の哲学者とされるタレスが紀元前600年頃、「万物の根源は水である」と唱えた。

以降、ギリシャの最大の都市国家として発展したアテネで民主政治が隆盛となり、そこで弁論術にたけたソフィスト(知恵ある者)が台頭した。

ソフィストたちは普遍的な真理や正義を否定しつつ、何事も人それぞれという相対主義に基づく弁論術を市民に売り込んでいた。

そのような中で、「真理」や「善」を追求したのがソクラテスだった。ソクラテスの哲学は、弟子のプラトン等によってまとめられた問答集によって伺うことができる。

また、アリストテレスは当初プラトンの弟子だったが、その後プラトンを批判する側に回り、プラトンとは異なる現実的な考え方に基づく哲学者として活躍している。

ソクラテスの経歴

ソクラテスの経歴

ソクラテスは紀元前469年頃、彫刻家(石材加工者)の父ソフロニスコスと助産士の母ファイナレテのもと、アテネで誕生した。ギリシャの主導権をめぐってペロポネソス戦争が勃発すると、当時40代だったソクラテスは兵士として3度にわたって従軍している。

このような逸話がある。神殿「デルフォイ」で「ソクラテス以上の賢者はいない」との神託を聞いたソクラテスの友人に対して、「自分は賢者ではない」と思っていたソクラテスは、友人が聞いたという神託が間違っていることを証明するために、アテネで賢者と言われる沢山の人を訪ねた。その結果、賢者自身も普遍的な真理や善を知らないことがソクラテスにはわかったという。

しかしこうしたソクラテスの批判精神的な活動は、次第に社会から危険視されるようになってしまった。ソクラテスが70歳のとき、「ギリシャの国家が信じる神々とは異なる神々を崇め、若者を堕落させた」という罪状で告発され、死刑宣告を受けたのだ。

プラトンの「ソクラテスの弁明」には当時の状況が記されている。

ソクラテスは裁判の場で罪状を否認するも、陪審員たちを説得できずに有罪が決まった。しかし、これまで量刑審査のときに被告人たちがする「陪審員への命乞い」をせず、アテネに行ったことへの見返りとして、迎賓館での食事を「求刑」したという。

その結果、その態度が陪審員たちの怒りを買い、最終的に死刑の審判が下されたのだ。さらにその後もソクラテスは友人から逃亡の提案をされるも「ただ生きる」ことではなく、「善く生きる」ことを信条としていたため、その提案を拒否し、死を受け入れた。

ソクラテスは不正に生きながらえるよりも、正義に則って生きること、そして死ぬことの方が価値あることと考えていたのである。

ソクラテス式問答法とは

ソクラテス式問答法とは

前述の通り、ソクラテスは友人から聞いた神託の真意を確かめるべく、政治家、詩人、職人など知恵を有している人(賢者)と見られている人々を訪ね歩き、問答を通じて自分よりも賢い者を見つけ出そうとした。

その問答法は、「~とは何か」というような問答で、対話の相手の矛盾や前提の誤りを突いて、その結果として真理を追究していくスタイルだった。ソクラテスの問答は、例えば、以下のようなものだ。

ソクラテス「良いこととは何か」
賢者「困った人を助けることである」
ソクラテス「それは良いことの一例を示しただけで、『良い』の説明にはなっていないのではないか」

こうした問答でソクラテスは賢者が「良いこと」という概念を真に理解していないことを浮き彫りにしたのだ。現代の事例でソクラテスの問答を再現してみると、

賢者「お金があれば幸せになれる」
ソクラテス「幸せとはどのような状態か?」
賢者「自分のやりたいことができることだ」
ソクラテス「自分のやりたいこととは何か?」
賢者「高級な車に乗って、高級な家に住み、高級な食事をすること」(今はこのような回答をする人はいないが)
ソクラテス「お金で買えないものはいらないのか?」
賢者「それもそうだが…」
ソクラテス「恋人がなくても幸せになれるか?」
賢者「幸せではないかも」
ソクラテス「恋人はお金で買えるのか?」
賢者「それは無理だと思う」
ソクラテス「君のやりたい仕事は、お金があったらなれる職業か?」
賢者「それもわからない」

となるだろう。結果的に「お金があれば幸せになれる」という命題を、ソクラテスは見事に覆すことに成功していると言えるのではないだろうか。

この方式は、問いを立て、それに答えるという対話に基づいているが、これによってソクラテスは批判的思考を活性化させ、相手方の考えの問題点を明らかにしている。

ソクラテスとの議論において、一方の見解を擁護することはソクラテスの疑問に直ちに晒されることにつながる。

あるAという人物がこのソクラテス問答法を駆使すると、対話の相手方Bに矛盾したことを言わせることとなり、その結果としてAの見解を強化させ、一方のBに対し、自らの考えの修正を導くのである。

ソクラテス式問答法は、言い換えれば、「仮説の排除」という否定的な作業をする方法とも言うことができる。この方法によって、矛盾が出るような仮説を次々と排除し、結果として、より良い仮説を見つけることができるのだ。

そこで出た答え(真理)は、たとえ自分で気づくことになったとしても、自らの力だけではそれを生み出すことは難しい。このため、ソクラテス式問答法は、他者の真理発見の援助そのものであり、ソクラテスの母の職業にちなんで「助産術」とも呼ばれている。

ソクラテス式問答法をビジネスで活用するなら

ソクラテス式問答法をビジネスで活用するなら

ソクラテス式問答法は、以下のような場合で、ビジネスの世界でも十分に活用することができる。

相手と議論・討論する場合

通常の討論の場合、相手の主張に対して、自分の主張の論拠とその正当性を述べる場合が多い。一方でソクラテス式問答法は、相手方の論拠を反駁する技術として利用することができる。その場合、相手方に質問すべき内容としては、以下の事項が考えられる。

前提となる事象の事実関係(本当に存在するか、証拠)

相手方の主張の前提となっている事実が、果たしてどのような根拠(証拠)に基づいているのか、などを問いただすことは、相手の主張の根拠を弱める重要な指摘となる。

例えば「Z世代はワークライフバランスを気にする人が多く、在宅勤務を自由に認めるべきだ」という主張を相手が展開した場合に、「Z世代はワークライフバランスを気にする人が多い」という前提事実をどのように認定したかを追求することが考えられる。

その事実を社員アンケートから導いたと相手が主張した場合には、そのアンケートの対象サンプル人数の多寡、男女の比率のバランス、Z世代と位置付けられる人の具体的な年齢範囲、アンケートの方法を問いただすことで、その前提事実がアンケートの取り方によって異なる可能性もある、という点を指摘することが考えられる。

前提となる概念の本質的意味

相手の主張において、ある概念を前提にその主張を展開している場合、その概念の真の意味を尋ねていくことで、相手の主張の論拠を弱めることが可能となる場合がある。

例えば、上記Aの「Z世代は、ワークライフバランスを気にする人が多く、在宅勤務を自由に認めるべきだ」の主張に対して、「ワークライフバランス」という概念を問いただす方法だ。

「ワークライフバランス」は、仕事とプライベートのバランスのとれた状態という意味だが、これは個人が両者を全く同等と位置付けている場合のみを意味するのか、それとも、一定の個人差を認めるべきものなのか。

そして、仮に個人差を認めるのであれば、自分は「仕事が大好きだが、休日は仕事を忘れてしっかり休みたい」という人も「ワークライフバランス」を重視した人と捉えるのか、などを問いただしていくと、「ワークライフバランスを気にする人」自体が多義的であり、そこから一律に結論を導くことは難しいといった印象を与えることができる。

事象と結論間の因果関係

相手の主張が、ある前提事実から結論を導いている場合に、その前提事実と結論の間の因果関係が本当に存在するのか問いただす方法もある。

例えば、上記Aの主張に対して、「ワークライフバランスを気にする人は在宅勤務を好む」という因果関係性について、様々な指摘をすることが考えられる。

「ワークライフバランスを気にする人」であっても、「仕事をしている時は家族が同じ空間にいると気が散る」と思っている人もいれば、「子供が小さいので、そもそも家で仕事はできない」と考える人も少なくないはずである。

とすると、「ワークライフバランスを気にする人は在宅勤務を好む」という主張は一見関係性がありそうに見えて、必ずしもそういえない場合の事例を指摘することで、因果関係の不存在を疑わせることを可能になるのだ。

会議などで議論を正しい方向へ導こうとする場合

会社で行われる会議において、錯綜した議論が展開されることで、このままでは結論が出ない、または必ずしも有効な結論が出そうにないという経験はないだろうか。

例えば新製品の開発会議において、ある人が「顧客のニーズに沿った製品を開発すべきだ」「先日行った顧客アンケートでは、顧客の欲する製品の機能が多様であることがわかったため、新製品では顧客の多様なニーズをなるべく多くとらえた多機能な製品を開発すべきだ」という主張を展開したとする。

これに対し、別の人が「自社の強みをもっと生かした製品を開発すべきだ」「単に、顧客アンケートに従った製品を開発するだけでは、競合他社も同じ戦略を採用する可能性があり、それでは当社が差別化された製品を開発したことにはならない」が主張したとしよう。

このような場合、両方の主張は対立しているようで、双方正しい面があるため、議論を整理する必要性がある。つまり、「会議の目的」を意識しながら、「顧客ニーズとは何か」「顧客のニーズは、そもそもアンケートによってのみわかるものなのか」「顧客のニーズが多様化している場合、どれが顧客のニーズなのか。最も回答人数が多いニーズが、顧客ニーズと捉えるべきなのか」「顧客が気づいていない潜在的なニーズは、顧客ニーズに該当しないのか」といった、本質的な議論をする方法が有効だろう。

一方で、質問ばかりに時間を使ってしまうと、「会議の目的」、例えば、「新製品の開発の方向性を決めること」を果たすことができず、拡散した会議のみで終始してしまうので要注意だ。

「会議の目的」を果たすことが可能な範囲(時間)で、会議参加者に質問をし、議論を深めていくことが大事ではないだろうか。

自分一人で仕事の戦略を練る場合

上記のケースで、ソクラテスばりに質問を繰り返すことは、1回は功を奏して他者から認められることにつながるものの、毎回そのような役割に立って話すと、他者から嫌われたり、「あの人は問題点の指摘ばかりをして、自分の意見をきちんと述べないので卑怯だ」と言われたりしかねない面があるので注意が必要だ。

そのため、自分一人で仕事の戦略を練る場合にソクラテスばりに自問自答しながら、自己の戦略を極めていく方法は有効だろう。上記の例で、「顧客ニーズ」が何かを自問自答した結果、
「必ずしも顕在化した顧客ニーズだけでなく、潜在的な顧客ニーズを掴む方法も有効である」
「顕在化した顧客ニーズだけを捉えた場合、競合他社もそのようなニーズを認識するため、差別化した製品を開発することはできない」
「自社の強みとなる技術を生かした製品で、かつ、顧客ニーズを満たした製品が競争力のある製品となる」
「多様な顧客ニーズがある場合、それらを全て満たそうとした製品を開発すると、かえって特徴がない製品となってしまうリスクがある」

というような結論を導くイメージだ。

無知の知

無知の知

ソクラテスは「無知の知」と呼ばれるように、自分が知らないことを知った上で賢者とのソクラテス的問答法を駆使した問答で、真理が何かを極めていった。ここでいう、ソクラテスの「無知の知」は、以下の2つの意味を有していた。

① 知識を有しているとされる賢者は、自分自身に知恵があるとは思ってはいても、実際には知恵があるわけではない。実際は「美しく」かつ「立派なもの」を知っていると思い込んでいるに過ぎない。

② ソクラテスは自分が知らないことについて「それを知っている」とは思っていない限り、彼らより知恵があることがわかる。

我々が行う仕事の世界でも、「知っている」と思い込んで仕事を進めるケースは多い。また、仕事で本質的な議論に至らないケースとして、以下のケースがある。

これらは、いずれも、「知っている」と思い込んでいるケースであり、そのような思い込みを排除した柔軟な思考方法を身に着けた者が、ビジネスの世界においては勝利者になるものと思われる。

① 先入観や偏見に基づいて物事を考える場合
② 既存の制約や限界を所与のものとして物事を考える場合
③ 既存の常識や前例がないことを根拠に、そのような行為を行うべきではないとの結論を出す場合
④ 十分な調査を行うことなく、聞きかじった中途半端な知識で物事を考える場合
⑤ 相手方の意見や主張を十分に聞くことなく、自らの意見を中心に会議を進めようとする場合

まとめ

これまで述べてきた通り、哲学の父ソクラテスから学ぶことは多数あり、いずれもビジネスの世界において大いに生かせるものだ。特に、ビジネス関係者と会議を行う場合は以下の点に留意をすることが重要だろう。

  • 協議を行う会議の前に、結論を先に用意してはならない(「決める会議」の場合は別)。
  • 偏見、先入観、常識、自己の保有知識等に捕らわれることなく、会議で出た他者の発言も聞きながら、柔軟に思考する。
  • 相手の主張の前提事実、言葉や概念の意味、および事実と結論の間の因果関係について、本質的な内容を尋ね、自らも考える。
  • 「何を目的として話しているか」という会議の目的を常に念頭に置きながら、質問する。
  • 実際の会議では、ソクラテス式問答法によって、会議メンバーに質問をすることは一定程度において許されるが、そればかりでは他者から嫌われることが必至。自分の頭の中で、自問自答をして、真理を見つけていくトレーニングも重要だ。

参考文献

  • 「使える哲学」週刊ダイヤモンド 2019年6月8日号
  • 「哲学の名著の50冊が1冊でざっと学べる」岡本裕一朗著 ㈱KADOKAWA 出版
  • 「ソクラテスメソッド」本田有明著 河出書房新社 出版
  • 「はじめてのプラトン」中畑正志著 講談社現代新書

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