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経営に時間の概念を
『人類の英知』の第3回は「時間」を予定しています。東京大学の香取秀俊教授は、精度「300億年で1秒」の時計を開発し世界を驚かせました。宇宙の年齢をご存じでしょうか? 138億年です。宇宙が始まってから今までで1秒もずれない時計。英知と言わずになんと呼ぶべきでしょうか(宇宙の年齢が3桁の精度で推定されることも驚きです)。
宇宙の悠久に比べたら小さな話かもしれませんが、企業にも時間の概念が必要であることを提案します。
*今回に限らずですが、すべて個人の見解です。
企業と時間:祖先―今―子孫と破壊・減価・維持・発展
過去、本欄で良書『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(ローマン・クルツナリック、あすなろ書房)を紹介しました。
原題は、How to think long term in a short-term worldですが、私たちが今あるのは祖先があったからだ、自分たちもいつかの時点で祖先になる、その時に良い祖先といわれるようにありたい、といった主張と私は解釈しました。
今存在している企業には必ず創業者がいて、また、現在にいたるまで継続させてきた経営者・社員、顧客、協力会社、社会、株主があったのです。これは例外なきことです。
受け継いだ企業を次に渡す、これが各世代の義務になります。エントロピー増大はこの宇宙の原理ですから避けることはできません。その摂理に逆らい、企業をそのまま渡すだけでも大変な努力がいります。
その観点でいうと、企業には四つがあると言えます。
①エントロピーの法則どころか、自ら資産を破壊する
②エントロピーの法則通りに、祖先が築いた資産を減価させることで生きている
③エントロピーの法則に逆らい、受け継いだものを維持している
④エントロピーの法則に逆らうどころか、受けついだものを発展させている
エントロピー法則が強い・弱い産業、また、それぞれの産業において、〇〇社は1だな、〇〇社は2だな、〇〇社は3だな、〇〇社は4だなと感じる企業があることと思います。
経営者も社員も今、自分たちがあるのは創業者・先祖がいた結果であることを認識し、祖先たちの遺産に安住していないか、子孫に渡すだけの発展を自らは提供できているかを自問しないといけません。
私は企業は損益計算書よりも貸借対照表で評価されるべきと考えており、その最大の理由は、貸借対照表は損益計算書の蓄積といえ、そこには歴史が含まれているからです。
株主と時間:比率と同時に時間による重みづけ
いわゆるアクティビストに関連する報道が毎日のようになされています。株主として主張するのは当然のことですが、株主の権利においても時間の概念が必要だと思います。
創業時に海とも山ともしれない企業に資金を提供し50年、100年にわたり株主である株主と、1年保有の株主は違うはずです。
たとえば、京セラ創業にあたっては個人出資者がいました。稲盛和夫氏を評価しての出資ではあったものの、まさか、今のような企業になるとは夢にも思わなかったでしょうし、価値がゼロになってもよいとの覚悟で引き受けたことでしょう。
この観点でいうと、同じ5%株主でも、1年の株主は例えば(あくまで例えば)5単位の権利、100年の株主は500単位の権利があるべきだと言え、保有比率×保有時間の時間加重株式を発行したら面白いと考えています。
この考えをある電子部品企業社長に話をしたところ、まさにその通りだと強く同意いただきました。この社長はすでにある大手証券会社に進言したところ、無理ですと言われたそうです。
いや、100年間株主であったのだから100年間にわたり配当をもらってきたでしょう、さらに時間による重みづけをしたら二重計上ではないかとの指摘があるかもしれません。100年間にわたり100%配当であったのであればその通りですが、常に将来のために利益の一部を残してきたのです。貸借対照表は先祖なのです。
現金のすべてを配当せよ、というのは、過去および将来を現在の株主が独占してしまうことになってしまいます。もちろん、資産が非効率であることは修正されるべきではあることは当然の指摘だと思います。
決算と時間:四半期は永遠の前にあまりに短い
私が社会人になったころ、決算は年2回でした。半期と通期。加えて、半期はおまけのようなもので、決算は年に一度のもっと神聖なものでした。しかし、今では年に4回。決算の重みがなくなってしまったように感じます。
もちろん、日、月、四半期の積み重ねが年となり100年となることはその通りです。しかしながら、企業の目的は永続することであり、「永遠」の長さからみると四半期はあまりに短いと思います(レミオロメンの藤巻亮太さんの名曲『粉雪』は「粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く」とうたっています)。
私はアナリスト時代、四半期決算が本質的とはとても思えず、四半期決算に使う時間を減らし、企業や産業に関する深いレポートを書くように努力しました(例えば、村田製作所さんについて書いたレポートは101ページあります)。
ポルシェを復活させた同社元社長Wendelin Wiedeking 氏は、著作『逆転の経営戦略 株価至上主義を疑え』(二玄社)において、四半期決算(が象徴する短期志向)がいかに無意味で有害かについて鋭く指摘をしています。
Wiedeking氏は、四半期決算の導入が議論された際、「我々は優れた自動車を製造するために仕事をしている。四半期決算のためではない」と主張したと記憶しています(念のため、同書は四半期決算に関するものではなく、ポルシェを復活させた思考を学ぶべき本です。ネット翻訳によると原題は「人と違うことは良いこと」のようで、世の中に安易に従うのではなく、信念を持て、誇りを持て、自律せよといった主張の素晴らしい本です。ただし、その後、リーマンショックもあり紆余曲折あったことも事実です)。
私はかつてアナリストと呼ばれる仕事をしており、Wiedeking氏の言葉を胸に刻んでいます。
「有益と言うにはほど遠い影響を及ぼす、アナリストという名前の新たな人種が出現している。大抵の場合、アナリストとは学校を出たばかりの若者で、実務経験がなく、人間性への理解も欠けていることが多い。彼らは習ったばかりの人気のある理論をオウムのように繰り返す。シェアホルダーバリューもそのうちの一つだ」
誤解のなきように補記いたしますと、Wiedeking氏は株主を軽視しているのではなく、顧客、社員、協力会社を大切にすれば結果として利益が出るとの考えで、Johnson&Johnsonの「我が信条」や、日本でいえば伊那食品工業の哲学と共通するものです。
おまけ:ポルシェ復活に一役買った日本
本論とは関係がありませんが、日本はポルシェ復活に貢献しています。
2022年のポルシェの業績は、売上高376億ユーロ、最終利益68億ユーロと素晴らしい数字です。納車台数は31万台、単純割り算では平均単価12万ユーロ、1900万円ほどになります。
もっとも価値あるブランドの一社であることに誰もが賛同することでしょうし、付加価値ある製品を誇りをもって顧客に提供する、憧れの企業と言えます。
しかし、わずか30年前、同社は存亡の危機にありました。Wendelin Wiedeking氏を含むポルシェの経営陣は日本の完成車メーカーを見学し、自分たちがひどく時代遅れであることを痛感し、トヨタ自動車出身者が設立した株式会社新技術研究所を起用したのです。
以上、今回は企業にも時間の概念をとの内容でした。
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