M&Aのプロセスを内部監査の対象とするべき理由

M&Aのプロセスを内部監査の対象とするべき理由

いまやM&Aは当然のように行われているビジネス拡大手法で、M&Aの知識や経験を蓄積した人材を社内に多く抱えている企業も少なくない。

他方で、すべてのビジネスにリスクがあるように、M&Aにも当然リスクがある。また、そのようなM&Aのリスクが顕在化しないまでも、多くのM&Aにおいて期待された成果を達成できていないと言われることもある。

M&AのリスクやM&A後の失敗の確率を低減する上では、M&Aの意思決定に至る前の段階における買収先の選定、デューデリジェンス、契約の交渉などのプロセスが重要になる。また、M&A後の段階において経営統合が有効に行われることも重要だ。

すなわち、当初の経営目標を着実に達成し、その統合効果を十分に発揮するためには、M&Aのディールの各プロセスにおいて適切な統制を整備し、運用していくことが必要であると考えられる。

内部監査部門は、企業において適切な統制が整備され、運用されているかを検討、評価し、必要に応じてその改善を促す職務を担っている。そして、内部監査の対象範囲は、原則として企業におけるガバナンス・プロセス、リスク・マネジメント及びコントロールに関連するすべての経営諸活動であるとされている。

M&Aが内部監査の対象となりにくい理由

M&Aが内部監査の対象となりにくい理由

実際には、これまで多くの企業において、M&Aを内部監査の対象とすることは、あまりなかったのではないかと思われる。

推測される理由としては、以下の三つが挙げられる。

①経常的業務が優先

一つには、以前と比べM&Aは一般的なものとなったとはいえ、必ずしも高い頻度で行われるものでもないため、内部監査の対象としては経常的な業務の方が優先されがちになると考えられること。

②人材が不足

また、内部監査を担当する部門においてM&Aのディールに関する知識や経験を有する人材が乏しいため、ディールの各プロセスにおける統制の整備、運用の状況を検討、評価し、必要に応じてその改善を促すということが人材的に難しいこと。

③社内力学

さらには、M&Aは経営上層部の主導により行われることが多いため、経営上層部の意思決定のプロセスを内部監査の対象とすることが社内力学的に難しく、二の足を踏みがちになると思われること。

内部監査部門の果たすべき役割は大きい

M&Aが企業の経営に与えるインパクトを考慮すれば、M&Aに伴うリスクの低減やM&A後の十分な統合効果の発揮のために、M&Aのディールの各プロセスに統制の仕組みを構築し、その運用を定着させ、さらには、それを継続的に改善していくことが重要であることに疑いの余地はない。

もとより、そのような統制の仕組みを構築、運用すること自体は、内部監査部門の役割ではない。しかし、そのような統制の仕組みが適切に整備され、運用されているかを、独立した立場より検討、評価し、必要に応じその改善を促す職務を担うという観点では、内部監査部門が果たすべき役割は大きいと考えられる。

職務分掌、権限規程、情報の連携ルール、作業チェックリストなどの基本的枠組みは構築されているか?

職務分掌、権限規程、情報の連携ルール、作業チェックリストなどの基本的枠組みは構築されているか?

以下では、M&Aのディールのプロセスに関して、内部監査部門における監査上の視点として考えられるものの一部を説明する。

「第2ライン」の役割

内部監査人協会(IIA)の3つのラインモデルでは、第1ラインのビジネス部門の活動に関し、第2ラインのリスク管理部門(コンプライアンス部門も含まれる)は、そのリスクに関連する事項について、専門知識、支援、モニタリングの提供と異議申し立てをする役割を担うこと、と整理されている。

M&Aにおいても、第2ラインによりリスクが適切に特定され、管理されるよう確実を期すことが求められる。

そのような役割を第2ラインが十分に果たすためには、第1ラインとの(情報の伝達を含む)適切な連携が不可欠となる。

ともすると、ディールの推進を図りたい第1ラインは、第2ラインに対し、不都合な情報を見えにくく提示したり、十分な検討の時間を与えることなく結論を急がせたりすることが考えられる。

また、第2ラインによる不利な指摘に対し、第1ラインより、そのような指摘を表に出さないよう強く働きかけをしたりすることも考えられる。

そのため、第1ラインによる不適切な連携により第2ラインの役割が無効なものとならないよう、

①第1ラインと第2ラインとの間の(情報の伝達を含む)連携を適切なものとするためのルールが明確に定められているか?

②その実際の運用の中で、第2ラインの意見が十分に出されているか?

といった視点は、監査上重要なものとなる。

法律事務所やアドバイザリーの活用を

もっとも、多くの企業にとってM&A は頻繁にあるものではないため、第2ラインにおいてM&Aの知識や経験を有する人材が乏しく、社内の人材だけでは第2ラインの役割を十分に果たすことができないケースも多い。

そのような場合には、法律事務所やアドバイザリー会社などの外部専門家を起用し、それらの知見を活用することも検討するべきだ。

第1ラインの起用した外部専門家は必ずしも「ブレーキ役」ではない

留意すべきは、第1ラインが起用した外部専門家を完全に第2ラインに代替させてよいか、ということだ。

実際のところ、第1ラインが外部専門家を起用した場合に、第2ラインはスルーをしている企業もある。しかし、第1ラインと第2ラインをアクセルとブレーキの関係にたとえるとすると、第1ラインは外部専門家をブレーキの役割を果たすものとして起用しているわけではない。

第2ラインが、第1ラインの起用した外部専門家の報告書などを批判的に検討、評価し、それらを踏まえて自らの意見を出しているか、という視点は監査上重要と考えられる。

あるいは、第1ラインとは別に、第2ラインにおいても外部専門家を起用するという選択肢も考えられるところだ。

デューデリジェンスの結果が価格や契約に漏れなく適切に反映されているか

デューデリジェンスの結果が価格や契約に漏れなく適切に反映されているか

M&Aの価格又は契約書の条項に、デューデリジェンスの結果が漏れなく適切に反映される仕組みが(たとえば、作業チェックリストのような形式で)整っているか、という点も監査上の重要な視点と考えられる。

すなわち、各種デューデリジェンスの結果収集された定性的又は定量的な情報、あるいは価値算定書(バリュエーションレポート)の情報は、M&Aの価格を決定するために作成される数値モデルに反映されなければならない。

また、デューデリジェンスにより発見された問題点やリスクにどのように対応するかという点は、M&Aの契約書の条項に反映されなければならない。

しかし、実際のところ、デューデリジェンスの結果をM&Aの数値モデル、又は契約書の条項にどのように反映したのかということについては、適切なレコードが残されていないために、事後的な確認又は検証が困難となっている企業が多いのではないかと推測される。

また、デューデリジェンスによる重要な指摘のすべてに漏れなく対応したのかという点も、うやむやとなっていることが多いのではないか。

まとめ 内部監査の果たす役割は大きい

M&Aを内部監査の対象とする目的は、過去のM&Aにおける粗探しをすることにあるのではない。M&Aのプロセスにおける統制の整備、運用の状況を検証し、その改善(高度化)を図っていくことにより、M&AのリスクやM&A後の失敗の確率を低減することにある。

過去のM&Aの経験を振り返り、整理し、それらを将来のM&Aに活かすことは極めて有用であり、そのために内部監査部門の果たすことのできる役割は大きなものがあると考えられる。

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