日本は小国ではない

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学校では、日本は「小さな島国」と教育される。戦後の日本は、小さな島国ながらも加工貿易で成長し、経済大国に発展したというストーリーだ。客観的に見ると、この説明は不正確だ。日本は「小さな島国」ではない。

 

日本の人口は、減少し始めたとはいえ、依然として世界第10位(1.26億人)と多い。先進国(G7)の中で日本より人口が多いのは米国だけであり、日本はかなりの大国だ。国土で見ても、世界約200か国中で約60位と上位30%に位置し、ほとんどのヨーロッパ諸国よりも大きい。

 

第二次大戦直後の日本の人口は7200万人と、現在の約60%の水準であった。それでも、当時の英仏の人口(各4000~5000万人)を上回っており、戦争直後も日本は決して「小さな島国」ではなかった。ただ、皆が飢え、人手は余っていた。経済が破壊されたからだ。

 

人手の余剰・不足を生む構造

年齢別人口推計

現在の日本は、戦争直後の1.7倍もの人口を抱えているが、人手不足だ。戦後が人手余剰で、現在が人手不足。つまり、人手の過不足は、絶対的な人口の多寡ではなく、その人口を支える下部構造としての経済の規模次第で決まる相対的なものだ。

 

カール・マルクスは『経済学批判』(1859年)の序言で、経済という下部構造が、政治や宗教という上部構造を規定すると述べた。敷衍(ふえん)して言えば、人手の過不足という上部構造としての社会現象は、下部構造である経済次第なのだ。

 

日本は長きにわたって人手余剰の国だった。余剰対応は辛苦を伴った。それは、深沢七郎氏の短編小説『楢山節考』(中央公論社)で描かれた姨捨の風習、江戸期の吉原繁栄を支えた少女の身売り、といった国内に閉じた辛苦だけではない。

 

安土桃山時代(当時の人口は1000万人強)、外国人の仲介で、奴隷としての日本人輸出(対アジア諸国)が積極的に行われた。バテレン追放令発布の背景には、同胞の日本人が人身売買されている事実に対する秀吉の強い怒りがあったという説もある(平川新著『戦国日本と大航海時代』(中央公書))。

 

明治維新以降も同様だ。明治初期(1870年頃)の日本の人口は、3400万人前後であった。その後、公衆衛生の改善などもあり、1900年には4400万人へと1000万人も増加した。加えて日露戦争による混乱もあり、人手余剰が続いた。1905年、日本政府はブラジルへの移民希望者を募り、ブラジル移民の歴史がスタートした。

 

数百年も前から、日本は折に触れて人手の海外輸出をするほど、人口余剰の国であった。貧困家庭で、しわ寄せは苛烈を極めた。日本で人手の輸出が止まったのは、ここ100年の事に過ぎない。

 

もちろん、少子高齢化という人口動態の問題が人手不足の遠因であることは相違ない。しかし、経済活動が貧困であれば、いくら少子高齢化が進もうが人手不足にはならない。1992年のアメリカ大統領選で、ビル・クリントン陣営が繰り返し発した言い回しが想起される。それは、”It’s the economy, stupid”(経済こそが重要なのだ、愚か者)、だ。

 

1.26億人の人口を抱える現代日本で人手不足が慢性化していること自体、労働を提供する側の人間からすると、戦後資本主義の大勝利とも呼べる“好ましい”状況だ。

 

人手不足が生む、変革

コンビニ人手

人手不足が深刻化すると、労働という財の需給がタイトになり、雇用する側と雇用される側の力学バランスが大きく変化する。端的に言えば、雇用される側一人一人の雇用条件や社会における権利が改善する。そして、思想、政治、芸術など社会全体も変貌する。

 

雇用される側の権利や条件が劇的に改善した事例として、黒死病(ペスト)後の中世欧州がある。村上陽一郎氏『ペスト大流行 ヨーロッパ中世の崩壊』(岩波新書)によると、アジアからシルクロードを通って欧州に伝わったペストは猛威を振るい、当時の欧州の人口の30~60%が減少した。

 

農奴で成り立っていた荘園制は極端な人手不足に陥った。英ワット=タイラーの乱、仏ジャックリーの乱といった農奴の反乱では荘園制に風穴を開けられなかった。ペストによる人口の大幅減少こそが農奴の権利や条件を改善させ、荘園制崩壊と農奴解放につながった。

 

農奴解放は、自然権など啓蒙思想(ホッブス、ロック、ルソーなど)を産み出すきっかけとなり、同思想は市民革命を支えた。神に捧げるためではなく、王侯を賛美するためでもない芸術が生まれ、理性をベースにした哲学(カントなど)が隆盛となった。

 

通じない、企業側の「正論」 日本にも訪れる変革の予兆

ubertaxi

現代日本の人手不足が長期間続くと、雇用される側の権利や条件が改善するだけではない。社会思想、政治、世相などが相互に呼応しながら社会全体の変容につながる。ここ1~2年の経済ニュースを見ると、変化の予兆が現れてきている。

 

たとえば、鉄壁と言われていた日本のコンビニの根幹が揺らいでいる。24時間営業の是非が問われているのだ。きっかけは大阪の1人のフランチャイズ店オーナーの行動。書面で交わした契約に照らせば、コンビニ運営会社の言い分が正しいかもしれない。しかし、メディアや世論は逆の反応だった。蟻の一穴で、コンビニの24時間営業が絶対的でなくなりつつある。

 

2020年3月初旬、フランス最高裁は、ウーバー(アメリカ)と同社の運転手に雇用関係があるとし、同社側の主張を退けた。同社と運転手との業務契約は、おそらく雇用関係と直ちに言えるような契約ではなかろう。しかし、この判決は、自由な働き方を選択している運転手側の保護を重視した。アメリカなど他国でも同様の訴えが起きている。

 

中世欧州の歴史を借用して言えば、20世紀後半型の荘園制崩壊が起こっているのだ。これは、雇用される側の権利や条件の断層的な改善であり、雇用する企業側から見れば地滑り的失地である。

 

企業側は、法的に正しい、契約上正しい、と言うだけでは物事が解決しない時代に突入したことを認識すべきだ。社会思想、メディア、芸術活動も、反企業・反株主の色彩を帯びている。宇多田ヒカルさんは、名曲『あなた』で“アクティヴィスト”という語彙を使い、愛する人へのせつなさを表現した。資本市場に限定されていた語彙が、今や広く一般に浸透しているのだ(時として正確な理解ではない場合があるが)。政府が推進している働き方改革もこの文脈で理解することが可能であろう。

 

SNSなどの発達で、一人一人の情報発信力も格段に上昇している。前述のコンビニ店オーナーや、ウーバーの運転手もその例外ではない。法的に正しい企業側は、その正当性の根拠を叫べば叫ぶほど、シェークスピア『ベニスの商人』のシャイロックのごとき存在として、無数のメディア(大手メディアのみを指すのではない)でレッテル貼りされる。

 

いずれにしても、「幸せな時代」

21世紀の最初の1/5が過ぎた今、我々が認識すべきことは何なのだろうか?まず、人手不足は、日本の長い人手輸出の歴史に鑑みても、人々や社会にとって、幸福な時代であるということだ。また、法的根拠や契約という理性のアプローチだけでなく、SNSなどを使った映像・画像が人心に訴える情感のアプローチを考慮して、雇用される側やフランチャイズオーナーと同期する必要がある。

 

雇用する側、換言すれば、株主側が優位に利益拡大させてきた20世紀後半型の荘園制は維持が困難になった。だからといって、産業・企業が低成長で良いというわけでもない。冒頭で触れたように、社会を規定しているのは、経済という下部構造だ。経済の停滞は、維持可能な雇用人数の減少につながり、社会の不安定性を生む。

 

人手不足の今こそ、設備投資の拡大を

産業・企業側は、人手不足を前提とした経営戦略とビジネスモデルで、遮二無二成長を志向すべきだ。具体的に言えば、この30年停滞してきた設備投資を積極化させ、雇用される側の労働装備率を引き上げ、労働生産性を引き上げることだ。これが人手不足下での成長戦略として希求されていることである。

 

平成の30年間で、日本の法人全体の売上高は横ばい、経常利益は1.8倍となったのに対し、設備投資額は0.7倍に留まった(財務省法人企業統計)。コンビニ、交通事業者、物流業者といった第三次産業だけでなく、全ての産業で過少投資を改め、省力型ビジネスモデルへの転換を急ぐ必要がある。平成30年間の利益成長を考慮すれば、日本全体の設備投資額は現在の2倍以上あっても不思議ではないと考えられる。

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