人的資本とは

人的資本とは

人的資本とは、個人が持つ才能や能力、資質など価値を生み出すことができる資本を指す。

2010年代以降のGAFAM(当時のGoogle、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの頭文字)を筆頭とするグローバルIT企業の時価総額の急伸に象徴されるように、知的財産等の無形資産が企業価値に占める割合が年々高まっている。

無形資産を生み出すのは企業が抱える人材の才能や能力であり、人材こそが企業価値を生み出す資本そして競争優位の源泉である、という認識がグローバル企業を中心に広がっている。

企業価値に占める、無形資産の割合が有形資産を上回る

図 S&P500の市場価値のうち無形資産が占める割合

実際に、米国オーシャントモ社調査によると、米国では1975年に17%であった企業価値に占める無形資産の割合が、2015年には84%、2020年には90%にまで増加した。

人的資本の情報開示の流れ

人的資本の情報開示の流れ

2017年、計2.8兆ドル(約355兆円)の資産規模を持つ25の機関投資家のHCM(Human Capital Management)連合が、米国証券取引委員会(SEC)に人的資本に関する開示基準の策定を申し立てた。

その後、2020年11月から上場企業に対して、S-K Disclosureと呼ばれる人的資本の情報開示が義務づけられた。

欧州では、いち早く2014年に欧州委員会(EC)が非財務情報開示指令で「社会・従業員」を含む情報開示を義務づけていた。

人材版伊藤レポート

日本国内では、2020年9月、経済産業省が「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書として「人材版伊藤レポート」を発表して以降、人的資本に関する議論が本格化した後、2021年6月に、東京証券取引所が上場企業の統治指針「コーポレートガバナンス・コード」改訂版で、人的資本に関する情報開示の項目を追加した。

※人材版伊藤レポート 経済産業省HPより
人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~ (METI/経済産業省)
「人材版伊藤レポート2.0」を取りまとめました (METI/経済産業省)

2022年は人的資本の情報開示元年となるか

この通り日米欧で人的資本の情報開示自体は義務付けられてきたが、今年、日米欧が揃って具体的な開示項目のガイドラインの公表に向かって準備を進めている。米国は早くて今春、欧州は今秋を目途としている。

日本は2022年1月に岸田総理が施政方針演説で「人的投資が、企業の持続的な価値創造の基盤であるという点について、株主と共通の理解を作っていくため、今年中に非財務情報の開示ルールを策定」と発言した。

その後、内閣官房内「新しい資本主義実現会議」のワーキンググループ「非財務情報可視化研究会」において、今夏に向けて情報開示項目の検討が進められている。

現時点で検討されている開示内容の方向性は、以下の2つの観点である。

1 「独⾃性」の観点と「⽐較可能性」の観点

⾃社のビジネスモデルを表現し、モニターする上で必要となる独⾃性のある開⽰項⽬と、投資家が企業分析のために企業横断的に比較可能な開⽰項⽬の適切な組合せ、バランスを確保すること

2 「価値向上」の観点と「リスクマネジメント」の観点

中⻑期的な企業価値向上ならびに株主からの支持獲得を目的とする「価値向上」のための開⽰と、投資家や金融機関のリスクアセスメントニーズに応え、企業実態の正しい評価のために必要な「リスクマネジメント」の開⽰の双⽅を含むこと

開示内容は19項目

具体的な開示内容は、育成・流動性・ダイバーシティ等の7領域で19項目が例示されている。但し、全項目の開示が必須ではなく、自社の戦略に沿った項目の選択および具体的な数値目標や事例の開示を促す方向で議論が進められている。

人的資本の情報整備の必要性

人的資本の情報開示義務の具体的内容は、2022年中に発表される予定だ。
実際、人的資本の開示義務に対し、身構えている企業が多い。

そろっていない人事情報

間接業務とみなされてきた人事関連業務のシステム化を最小限に留めている、もしくは導入後に機能のアップデートを行っていない企業では、必要な人事情報が揃っていない場合が散見される。

例えば、育成を重視する企業が、従業員が受講した研修時間を集計するのは、研修の種類や回数によってはシステムの助けなくして困難であろう。

情報の質にも留意

更に、人的資本の情報開示は、データの定量化と透明性が高まる一方で、質的情報への留意も必要である。前述の研修時間の場合、研修時間の増加と同時に、実施する研修内容も重要である。情報開示に際しては、研修内容とその研修を採用した背景も加えることが望ましい。 

しかしながら、人的資本の情報整備は、情報開示が本来の目的ではなく、あくまでも企業価値の向上を実現する手段の一つであることを忘れてはいけない。

人的資本を最大化する戦略的人的資源管理(HRM、戦略人事)が必要に

企業価値向上に寄与する人的資本は、企業の事業領域やビジネスモデル、展開地域、ひいては過去からの歴史・企業文化によっても異なる。

中長期的な戦略の実現に十分な人的資本が備わっているか、不足がある場合どう対応するか、人的資本を最大化するには、戦略的な思考が人事に求められる。

これこそ、1990年代後半にアメリカで提唱され、グローバルに浸透しつつある戦略的人的資源管理(Strategic Human Resources Management、戦略人事とも言われる)である。

人事担当者は経営戦略への「当事者意識」を

日本企業の人事部門では、伝統的に給与や労務管理など定型のオペレーション業務が多くを占める。採用や社内人材育成に関する業務も存在するが、事業を担うライン部門と連携がとられておらず、独立した動きも多い。

従来から言われる人事戦略は、人事に関する業務の改革・改善を指し、人材不足解消を目的とした採用方法の変更・業務効率化を図るアウトソーシング活用など、人事機能に範囲が限定される。

戦略人事を実現するためには、人事部門の担当者は自社の経営戦略を深く理解し、経営戦略上の課題を人的資源の面から解決する役割を担っているという「当事者意識」を持つことが重要である。

経営層やライン部門とのコミュニケーションが不可欠

実際に人的資源の課題を理解し、解決するためには、人事部門の中だけで解決策を検討するのではなく、経営層やライン部門との関係やコミュニケーションを強化する必要がある。

今後、情報開示が強化される人的資本の強化には、人事機能の抜本的な強化が必須と言えよう。

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