敵対的買収をするのは悪者?2021年の動向も解説

現在は頻繁に行われるようになったM&A(企業の合併や買収)ですが、日本ではどうしてもまだ、「乗っ取り」のイメージを持つ方もいるかもしれません。 更に「敵対的」という言葉がつくと、お金の力を使って、対象企業を奪い取り、好き勝手するという印象が持たれてしまっているかもしれません。 ただ、特に上場企業は健全なガバナンス体制の構築が要求されるようになってきています。 その中で、敵対的買収という、半ば強硬な手段を用いてガバナンスや事業モデルを改善し、本来的な企業の成長を促進させてゆくという事例が散見されるようになってきました。 敵対的買収の意義や制度、また、敵対的買収から自社を守るための方法、そして最近の事例や今後の動向について解説します。

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敵対的買収とは

敵対的買収は、買収対象会社の取締役会の同意を得ない買収と定義することができます。
対象会社の意向に反して行うM&Aといってもよいかもしれません。

M&Aは一般的に、売り手と買い手が買収条件について交渉し、条件面で合意がなされた場合に成立します。ここでいう売り手とは対象企業のオーナー(株主)であり、非上場企業であれば株主は1名から多くても数十名といったところです。

買い手は目的に応じた保有割合を取得し、必要に応じて合法的にスクイーズアウトを行ったり株式の買い取りを行ったりすることで対象会社の支配権を獲得することができます。
もとより、非上場企業の場合の株主は、創業者一族であったり、従業員や取引先であったりと、「顔の知れた」株主が多く占めています。

そのため、現状の大多数の株式を保有しているオーナーとの交渉がうまくいけば、「友好的に」対象会社の株式を買い集めることが可能です。

稀に非上場企業であっても、創業家の思惑が分裂し、経営を担っている経営陣と株主との間で意見対立が起こります。その結果、上場企業さながらの委任状争奪戦(プロキシーファイト)を伴う敵対的買収が起こるケースも存在します。

一方で上場企業の場合、株式は市場に放出されており、誰でもお金を出せば買うことができますが、創業者が発行済株式の半数以上を保有し続けている上場企業も多く存在します。ただし、その中には創業家の持分を足し合わせても数パーセントとなっている、名実ともに「社会の公器」となっている企業も多数存在します。

このような上場企業において、創業オーナーが他の株主の意向を取りまとめて買い手の買収に応じるという役回りを演じることは、ほぼ不可能です。そこで使われる手法のひとつが敵対的買収になります。

敵対的買収の目的

M&Aを敵対的に行うことは、友好的なM&Aに比べて、買い手にとって大きなリスクがあります。

例えば既存役員や従業員、取引先が買収後に離反してしまった結果、買収後に退職してしまったり、取引を打ち切られてしまったりする可能性があります。その場合、想定していた運営ができなくなってしまうリスクがあります。

また、友好的なM&Aでは、買収される企業の同意と協力に基づいてデューデリジェンス(買収監査)と呼ばれる企業価値の精査が行われますが、敵対的買収ではそれを十分に行うことは困難です。結果、買収後に当初把握していなかったような事業面や財務面の欠陥が見つかるリスクもあります。

そんなリスクをはらむ敵対的買収ですが、買収者が敵対的買収を行う目的は、現体制では過小に評価されている企業価値を、買収によって各改善することができると買収者が考えていることにあります。

例えば現社長の専横が激しく、対象企業がベストなパフォーマンスを発揮できていないケースがあります。そのような場合、強制的ではありますが、新株主に送り込まれた経営陣により「適切な」経営が行われるようになれば、業績も改善し、企業価値の向上を図ることができるかもしれません。

また、業界内で競合していた企業同士では、なかなか友好的に統合することは難しいといえます。このような場合、敵対的買収により統合されることで、国際的競争力を身に着け、業界内で確固たるポジションを得ることができるかもしれません。

買収提案を受けた企業側にとっては「乗っ取りを仕掛けられた」との印象を受ける敵対的買収ですが、買収後の運営がうまくいけば対象企業の従業員や取引先といったステークホルダーが幸福となることができる、合理的な経済行為ということができます。

敵対的買収の手法「TOB」

上場企業を買収する場合、TOB(株式公開買い付け)という手法がとられます。TOB(Take-Over Bid)は、期間や価格、買取り株数を公告したうえで、不特定かつ多数の既存株主から証券取引所を通さずに株式を買い付ける行為です。

TOBのフローは以下の通りです。

1.公開買付開始公告・公開買付届出書提出

TOBを行う者は、公開買付開始公告でTOBを行う予定であることを公開し、公開買付届出書を内閣総理大臣に提出します

2.意見表明報告書の提出

TOBで買収される側の企業は、意見表明報告書を内閣総理大臣に提出し、TOBに同意するか反対するか、TOBの内容についての意見や質問を表明します

3.対質問回答報告書の提出

意見表明報告書で買収される企業からTOBについての質問があった場合、TOBを行う者は質問に対する回答を5営業日以内に内閣総理大臣に提出する必要があります

4.公開買付撤回届出書

公告後にTOBを中止しなくてはならなくなった場合、公開買付撤回届出書を提出することでTOBを中止することができます

5.公開買付報告書の提出

公開買付が終了したら公開買付報告書を提出し、TOBがどのような結果となったかを報告します

なお今回は敵対的買収を買収対象会社の同意を得ない買収と定義しました。具体的には、上記プロセスにおいて、TOBの表明を受けた買収される側企業の取締役会によって、「賛成」の意見表明がなされない(「反対」の意見表明がなされる)買収が敵対的買収に該当するといえます。

敵対的買収の防衛策

上場企業の株式は市場で誰でも買うことができますし、株主の権利として、その持分に応じて株主総会で株主としての意思を表明することできます。

したがって、取締役会が承諾しない敵対的買収であっても、買い手が示した条件で自分が保有する株式を売るか売らないかは株主自身が判断するべきです。

ただ、現経営陣は誰よりもその会社のことを理解しており、中長期的な成長に向けて日々経営に邁進しているという自負があります。

そのため、表面的に対象会社を評価し、現在の体制では株主価値が毀損していると主張する敵対的買収者の提案を簡単には歓迎できないことが多々あります。

そういった敵対的買収から自社を「守る」手段として買収防衛策と呼ばれる手法が複数確立されており、以下に紹介します。

ホワイトナイト

ホワイトナイトは敵対的買収を仕掛けられた対象会社を買収者に対抗して、友好的に買収または合併を行う手法です。「苦境に立たされている自分を救ってくれる」象徴である白馬の騎士が由来です。。

買収者よりも高い価格のTOBを仕掛けるパターンや、対象会社の第三者割当増資を引き受けるといった手法があります。

ポイズンピル(ライツプラン)

ポイズンピルは既存株主にあらかじめ以下のような「買収者のみが行使できない」オプションを付与しておき、敵対的な買収が発生した際、買収を困難にすることを目的とします。

  • 買収者以外の株主がオプションを行使することで買収者の持ち株比率を低下させる
  • 支配権を獲得するために必要な買収コストを引き上げさせる

ライツプランとも呼ばれています。

パックマン・ディフェンス

パックマン・ディフェンスとは、敵対的買収を仕掛けられた対象会社が、逆に買収者に対してTOBを仕掛ける対抗措置のことです。

焦土作戦(クラウン・ジュエル)

焦土作戦とは、敵対的買収を仕掛けられた対象会社が、自ら企業価値を下げ、買収者の買収意欲を削ぐことを目的とした戦略です。その手段として、重要な資産や収益性の高い事業の第三者への譲渡、分社化などが挙げられます。

ゴールデンパラシュート

ゴールデンパラシュートとは、買収により経営陣が解任された場合、極めて多額の退職金を支払う契約を締結し、多額の現金の流出を招くことによって買収コストを引き上げ、買収者との交渉材料として活用するという対抗措置です。

ティンパラシュート

ティンパラシュートとは、買収により従業員が解雇された場合、通常より多額の退職金や一時金を支払う規定を雇用契約や労働協約に定めることで、買収者を牽制する対抗措置です。ゴールデンパラシュートと同様に、多額の現金の流出を招くことによって、買収コストを引き上げ、買収者との交渉材料として活用します。

買収防衛策導入件数は減少傾向に

ただし、昨今のコーポレートガバナンス強化の潮流の中においては、いかに合理的な主張をもってしても、買収防衛策の導入には多くの反対が集まり、株主総会で否決されることも事例としては多くみられます。

なぜなら、本当に現経営陣がベストな経営を行っており、企業価値の最大化を図っているという自負があるのであれば、株主総会の場で堂々と株主の判断を明確にするべき、という考え方が今日におけるガバナンス強化の潮流だからです。買収防衛策の導入の背景はいろいろありますが、コーポレートガバナンス強化の文脈においては、その導入は、現経営陣の「保身」と映ってしまうようです。

アメリカではISS(Institutional Shareholder Services)やGlass Lewisといった議決権行使助言会社と呼ばれる助言機関が、ほぼ一律、買収防衛策導入議案に反対推奨を行っており、国内外の機関投資家はこの推奨に従って反対票を投じているケースもあります。

実際、2014年の買収防衛策導入件数は495社であったのに対し、近年廃止する企業が増加し、2020年4月末時点の導入件数は311社と減少傾向が続いています。

敵対的買収の最新事例・動向

以下で対象会社の同意を得ずに行った敵対的買収の具体的な事例をみてゆきます。

日本製鉄による東京製綱への敵対的TOB

日本製鉄が東京製綱に対して行った敵対的TOBは、2021年3月9日、上限としていた買収株数を上回る応募があり、日本製鉄が東京製綱の19.91%の株式を保有する筆頭株主となることで決着しました。

国内最大手の鉄鋼メーカーである日本製鉄は、同じく国内最大手のワイヤロープメーカー・東京製綱に対して、敵対的買収を仕掛けました。その理由は2020年3月期に24億円の最終赤字に転落するなど業績不振の状態にもかかわらず、経営トップが長期在任し、取締役会の監督が機能していない点を問題視しているからだと言われています。

今後、両社の交渉は継続することとなりましたが、両社の思惑にズレもあり、今後の交渉は難航することも予想されています。

TCLによる広東奥馬電器の敵対的買収

中国の事例ではありますが、現在進行形で電器業界の大きな注目を集めている中国テレビ製造大手のTCLが中国の大手冷蔵庫メーカーである広東奥馬電器に対する敵対的買収をご紹介します。

本件はまだ、敵対的買収という手段はとられていませんが、TCL社が傘下企業を通じて奥馬電器株式の約20%を取得しており、今後さらに株式の取得を進めてゆくと表明しています(2021年5月現在)。

奥馬電器は設計や製造の受託を得意とし、「冷蔵庫業界のフォックスコン(台湾鴻海精密工業傘下の富士康科技集団)」とも呼ばれており、中国メーカーによる冷蔵庫の海外販売シェア20%を占めるトップ企業です。

TCLはテレビや液晶パネルを手掛けるメーカーで、奥馬電器を取り込むことで白物、海外事業の両面の強化を行い、総合家電メーカーへの変身を目指しているともいえます。

現在進行中の敵対的買収の動きですが、今後もその動向が注目されています。

アクティビスト主導の日本アジアグループに対する敵対的TOB

最後に、アクティビスト主導の敵対的買収として興味深い旧村上ファンド系投資会社シティインデックスイレブンスによる日本アジアグループに対するTOBをご紹介します。

アクティビストとは投資先企業の経営陣に積極的に提言を行い、企業価値の向上を目指す投資家です。欧米を中心にその存在が知られており、「物言う株主」とも呼ばれています。

日本では旧村上ファンドに属していたメンバーが現在においても同様の手法で企業に積極的な提案を行っていることが知られています。国内最初の敵対的TOBは昭栄に対する村上ファンドによる買収だったともいわれています。

日本アジアグループは米大手投資ファンドのカーライルグループ系のファンドと組んでMBO(経営陣が参加する買収)を計画し、TOBを行っていました。

そこで、アクティビストであるシティインデックスイレブンスが、そのTOB価格を上回る価格でTOBを行い、双方のTOBが中止となるとともに、会社は特別配当を多額に実施することにしました。

その後、特別配当も踏まえ、再度シティインデックスイレブンスは敵対的TOBを公表し、その結末が注目されているところです。

まとめ

敵対的買収は対象企業の同意を得られていない買収であることから、争いが生じる平和的ではないニュアンスを感じてしまうこともあります。一方で、対象会社経営陣にとっては認めがたい買収であっても、株主その他のステークホルダーにとっては意義のある買収である可能性もあります。

敵対的買収は決して「乗っ取り」の手段などではなく、経営体制の変更やガバナンスの改善などを通じた企業価値向上を目的とする制度化された手法だと考えられます。敵対的買収に係る帰結は対象会社のオーナーである株主が決めるべきものであると思われます。

日本においてもM&Aが更に活発となってゆく傾向がある中、今回ご紹介した敵対的な買収についても事例が増えてくるものと考えられます。

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