なぜ日本には「プロ経営者」が少ないのか? 課題は「レモン市場」と「流動性」

日本ではいわゆる「プロ経営者」が定着しないと言われている。「レモン市場」(売り手と買い手との間に情報の非対称性がある市場のこと)や投機の有意性といった他分野の理論から類推すると、日本におけるプロ経営者の欠落は個々人の資質の問題というよりも、日本社会における構造問題と考えられる。

シェアする
ポストする

日本のビジネスパーソンの資質は欧米に劣っているのか?

日本のビジネスパーソンの資質は欧米に劣っているのか?

日本では「プロ経営者」が少ないと言われる。しかしながら、そもそも経営者はプロフェッショナルなのだから、「プロ経営者」という語彙自体が日本の経営者を愚弄するものかもしれない。

長期間にわたる日本経済の停滞、特に日本の大企業の低迷は由々しき事態であり、「プロ経営者」と呼ばれる人材による業績改善への期待は大きい。ただ、実例は必ずしも多くない。

欧米との比較で、日本のビジネスパーソンの資質が格段に劣っているのだろうか?

そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

本稿では、期待も込めて「日本のビジネスパーソンの資質が欧米に劣っているわけではない」という前提で、日本の社会構造がもたらす「プロ経営者の欠如」について考察する。

レモン市場とは何か

レモン市場とは何か。レモン問題とは何か

一つ目の視点として、レモン市場を紹介する。レモン市場とは、アメリカの経済学者ジョージ・アカロフ氏が1970年に唱えた、情報の非対称性を持つ市場のことだ。

商品の売り手と買い手に情報格差が存在する場合、廉価で低品質の商品(レモン)ばかりが取引される。高価で高品質の商品は取引されず、市場全体が縮小する傾向がある。このようなレモン市場で生じる問題を「レモン問題」と呼ぶ。

レモンは皮が厚くて外見から中身が分からないため、主にアメリカで低品質の中古車の俗語として使用されている。中古車の売買は典型的なレモン問題を抱えやすい。

売り手が高品質の中古車を売る場合、その品質に見合う高値での売却を試みる。一方、品質に関する情報を知らない買い手は、だまされまいとして、高い値段での取引を嫌う。

結果として、低価格の中古車、つまり品質の低い中古車だけが取引される。すると市場参加者は流通する商品が低品質だと更に認識し、ますます不良品が多く出回る市場になるのだ。

「プロ経営者市場」はレモン問題が発生しやすい

「プロ経営者市場」はレモン問題が発生しやすい

では、経営者候補を一つの商品と仮定して、レモン問題の有無を検討してみよう。この市場における売り手は経営者候補であり、買い手は経営者を探す企業である。

売り手は、自分の能力や実績を認識している(過大評価している場合もあるが)。自己評価に見合った高い値段(給与)で自分の労働・時間を売却するインセンティブがある。

一方、買い手は候補者の情報を十分に把握できない。そのため、情報が十分ではない中で、高い報酬の経営者候補の採用を躊躇する行動パターンになりやすい。

だからこそ「プロ経営者」という商品の市場は、レモン問題が発生する可能性があるのだ。その場合、中古車と同様に、質が十分に高いとはいえない「プロ経営者」が廉価で社長業を引き受けるという構図だ。

こうしたレモン問題の解消のためには、情報格差の縮小、売買に失敗した際の買い手・売り手双方のリカバリー策の整備などが必要となる。

直接採用はレモン問題を生みやすい

直接採用はレモン問題を生みやすい

プロ経営者に限らず、中途採用はレモン問題が発生しやすい。日本のようにビジネスパーソンの転職回数が少なく、企業側が多くのエージェントを使っている場合、問題は深刻だ。

ゲーム理論で考えてみよう。

2者間で一回きりの取引を行う場合、相手を裏切る戦略が合理的行動だが、2者間で継続的取引をする場合、相手と協力する戦略が合理的行動となる。

個人とエージェント、エージェントと企業、そして最終的には個人と企業という3種類の市場においてレモン問題が発生する可能性がある。

レモン問題を防ぐには、企業も個人も、同一のエージェントと長期にわたって付き合う必要がある。一回きりのゲームを、継続するゲームに転換して協力型行動を引き出すべきだ。

企業も個人も、相手の選定を間違えることはある。その場合、取引のキャンセルを比較的容易にする法制度が必要だ。現在は、採用した正社員の解雇はそれほど簡単ではない。

最近の転職市場では、ウェブを使った直接採用が増加している。転職に不慣れな個人・企業を前提とすると、エージェントを介さない採用はレモン問題が生まれるリスクが高い。

投資は良いが、投機は悪という誤解

投資は良いが、投機は悪という誤解

もう一つの視点は、株式市場などにおける投機の有意性だ。一般的には、短期的な投機は悪で、長期的な投資こそが善だと言われているが、これには大きな誤解が存する。

長期的視野でまとまった株式の保有をしたとしよう。株価が上昇した際、まとまった株式を市場でタイミングよく売却するためには、高い流動性を持った市場の存在が不可欠だ。

高い流動性は、長期的な投資家だけでは形成できない。むしろ、投機によって短期売買が高水準で行われることではじめて高い流動性は成立する。

長期的な投資のためには、短期的投機も含めて売買が活発に行われる高い流動性をもった市場が常時存在する必要があるのだ。つまり、長期投資は短期投機のおかげで成立するとも言える。

参加者がみな長期投資を目指すと、流動性はなくなる。これは、決算数値の不明確な未上場株の取引市場であり、安定性に欠けた市場形成となってしまうのだ。

高質なシニア・プロ経営者候補のセカンダリーマーケット構築が必要

高質なシニア・プロ経営者候補のセカンダリーマーケット構築が必要

終身雇用を目指していた、従来の日本の労働市場も同様ではないだろうか。

学校を卒業した後、一つの職場で長期的なキャリア形成を志す。長期投資のみを行う市場と相似形だ。

今でこそ若年層を中心に転職が当然になってきた。しかし依然として、高質なシニア・プロ経営者候補のセカンダリーマーケットは貧弱だ。

流動性の低い市場は安定性を欠く。高質なシニア・プロ経営者候補は、転職した先との相性が悪い時、他社を選択しなおす取引コストが大きいため、転職を躊躇する。

高質なシニア・プロ経営者の転職・採用は、レモン問題に加えて、流動性欠如が市場発展の阻害要因となっていると推測できる。

「レモン市場」と「流動性」という2大問題の解消

本稿では欧米と日本のビジネスパーソンにおける個人的な資質の差異は不問としている。仮に、差異がなかったとしても、「レモン市場」と「流動性」という2大問題によって、高質なプロ経営者が活躍しにくいのが我が国も構造だ。

文中で示したように、まずは売り手と買い手の情報格差を小さくする取り組みが必要だ。また、企業側もプロ経営者候補も一回の選択で拘束されるのではなく、何らかの齟齬がある場合の双方の契約解消策など制度面でのサポートも有用だろう。

コメントを送る

頂いたコメントは管理者のみ確認できます。表示はされませんのでご注意ください。

※メールアドレスをご記入の上送信いただいた方は、当社の利用規約およびプライバシーポリシーに同意したものとみなします。

コメントが送信されました。

関連記事