消費財:新型肺炎でインバウンド需要減少、インパクトと課題

中国で発生した新型コロナウイルスによる肺炎「COVID-19」の拡大は、インバウンド需要の恩恵を大きく受けている国内の消費関連企業にとって大きな懸念となっている。筆者が担当する化粧品、日用品、OTC医薬品各社にとっても海外渡航禁止・自粛は既にインバウンド客を大幅に減少させており、さらに今後の中国国内の経済活動停滞による消費減速も懸念される。 今回の新型コロナウイルス拡散による影響を考察するにあたって、2003年のSARSウイルス発生時をふり返ってみる。

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増え続ける感染者、死者数

図1:感染者拡大 9663203

SARSは2002年11月に発生したと確認されているが、中国の情報公開の遅れにより、WHOによる緊急情報が発信されたのは2003年3月12日だった。その後、2003年7月5日にWHOが終息宣言を出したが、WHOの最終報告(2003年12月時点)によるとこの期間にのべ 29 の国と地域で 8,096 人の感染者と774人の死者(死亡率 9.6%)を記録した。

SARSが周知されていなかった2003年1月~3月の訪日中国人数は、前年同月比10~20%台の増加が続いていたが、4月以降はマイナスに転じ減少のピークとなった5月は同69.9%の減少を示した。その後、終息宣言後の7月には増加に転じて人数ベースでも1-2月水準を超えたものの、2003年を通して前年比で0.8%減少した。

当時と現在で大きく異なることは、2019年の訪日外国人数は2003年に比べて6.1倍に拡大しており、そこに占める訪日中国人の割合は、2003年の8.6%から、2019年は30%に拡大していることである*1。つまり訪日中国人数はSARS以降21倍に増加しており、SARS発生時には現在の「インバウンド消費」と比較しうる売上カテゴリーはほぼ認識されていなかったといえる。

なお、新型コロナウイルスは本年2月7日時点で既に中国国内のみで3万人を突破し、28か国・地域で感染者の報告がされ、死者数は638人に達している。感染力の圧倒的な強さや中国の交通インフラ発展や春節時期に重なったこともあり、今回は数か月で収束したSARSよりも長期にわたる感染拡大が懸念されている。

新型肺炎の今後の拡散度合いや収束の見通しは依然として不透明であるため、感染拡大が長期化した場合に起こりうる、さらに大きな中国経済への影響については検討の前提に含めず、ここでは現状で予想される日本の消費財メーカーに対する影響の見通しを考察する。

ECの発展で、SARSより影響少ない?

図2:ECサイト 29731761

中国からのインバウンド客がSARSピーク時同様に半減以下となり、かつそれが長期に及んだ場合、インバウンド消費の大幅な減少は避けられない。一方で、中国消費者がこれまで購買していた製品の実需はどうなるのだろうか。

再びSARS発生時を振り返ると、2002年から2003年3月までの小売売上高成長は前年同月比9%前後で推移していたが、感染の影響がピークとなった2003年5月には同4.3%に縮小*2。

中国の民間消費は2018年までの10年間の平均で年率12%超を超える成長を示しており*2、全国的な外出自粛の広がりで予想される消費行動の縮小が懸念される。しかし、2003年と現在で大きく異なるファクターがECの拡大だ。2003年にアリババが消費者向け商取引プラットフォームtaobaoを設立して以降、中国ではB2CにおいてもECが大きく拡大。現在は中国の小売売上高の2割超がEC経由となっている。

一方、産業活動の停滞にともなう消費マインドの落ち込みは、数か月で収束したSARSと比較して長期的かつ広いエリアで発生する懸念がある。これらの要素から筆者は、消費者の日常生活に必要な製品群で、かつECチャネルでの供給体制が整っているものについてはSARS時ほどの消費の落ち込みには至らないとみている。

衛生用品は、需要拡大も

図3 爆買い 36281463

日本企業への影響に戻ると、いわゆる「爆買い」対象品目の中でも、食品、化粧品、衛生関連製品、OTC医薬品などの消費財は実需に根差して継続的に購買、消費されている。メーキャップ化粧品などの需要が弱まる可能性はある一方で、洗浄や除菌を含む広義の衛生関連製品や健康関連製品については、筆者はむしろ「信頼性の高い製品」への消費者ニーズは高まる機会でもあると考える。

既にマスクや手洗い石鹸、除菌関連製品などは感染予防特需による不足が顕著になっている。消費者が必要とする製品を有し、EC・リアルを問わずに中国及び周辺国での販売チャネルを確立している企業にとっては、インバウンド売上の減少を現地売上の増加で補い、さらに長いスパンでの消費拡大つなげる機会とも言える。

化粧品はインバウンド売上のコア商材であり、化粧品各社はこれを現地での継続購買に繋げるべく販路の構築と拡充を進めてきた。資生堂は既存の専門店や百貨店に加えて2019年にはアリババやWatsons*3と提携、コーセーはデパート販路を厳選する一方で、越境ECによる販売を強化している。

ECの普及で影響軽減か?

経済産業省の電子商取引に関する市場調査(平成30年)によると、中国の越境ECの国別構成比トップは日本(21.5%)、商品カテゴリー構成比トップは化粧品(35.9%)であり、中国EC市場での「日本×化粧品」人気の高さが示された。

足元では、資生堂によると同社の1月24日週以降の化粧品主要ブランド国内販売は前年比10%台の減少、国内免税店売上も1月末には一桁%の減少に転じている模様で、インバウンド売上へのダメージ発生が見てとれる。

現地売上への影響についても、SARS発生時に唯一アジア・オセアニア地域の連結売上高を公表していた資生堂への影響が参考になるだろう。2004年3月期上半期には同地域の売上は前年同期の17.9%成長から一転してゼロ成長となったが、同通期では前期比5%増収まで回復。この時点での中国売上高は開示されていないが、約430憶円のアジア・オセアニア地域売上の大半を占めていたとみられ、SARSの影響によって中国・台湾を含む同地域で概ね30億円規模の売上への影響があったと推察できる。

しかし、2003年頃の資生堂の中国事業は現地で生産するローカルブランドのリアル店舗販売が中心であったことに対し、2019年度中国売上2,160億円の過半は日本製品、現地EC売上比率は30%台半ばまで拡大している。これを考慮すると、春節休暇以降に主要都市の産業活動と市民生活がある程度正常化に向かえば、中国売上減少のリスクはSARS発生時よりは小さいとみている。

各社ごとの影響分析

図4:各社の影響 59113877

筆者は長期的には化粧品各社の中国売上は今後も継続的な成長を予想しているが、足元の消費活動への懸念と日中間の化粧品の価格差を考慮すると、短期的にはインバウンド需要減少分を中国現地販売でカバーすることは難しいと考えている。

ファンケルは化粧品とサプリメント双方でインバウンドの恩恵を受けており、売上に占めるインバウンド比率は二桁に上るため、訪日客減少の影響は避けられないとみる。一方、ファンケルは化粧品ではすでに強固な中国内での販売網を持っており、ユーザーロイヤリティの高いスキンケア中心の製品構成であることからも、部分的には現地販売へのシフトが可能とみている。

また、サプリメントでは2019年に現地パートナー中国国際医薬衛生公司を通じた越境ECを開始し、好調な滑り出しを示している。今後は免疫力強化などの観点からの販促強化が期待できる上に、パートナー企業を通じた医療機関での販売も計画されている。このため同社についてはインバウンド売上減少の相殺にとどまらない長期的な中国市場での成長が期待できるとみている。

小林製薬、ロート製薬の両社はすでに中国国内で製造販売を営んでいるが、小林製薬の中国事業は消臭剤やカイロなどの日用品が中心であり、インバウンドでは現地で販売されていない化粧品、医薬品、サプリメント、冷却シートなどが人気を博している。ロート製薬は子会社の米メンソレータム社を通じて1991年から中国に進出、すでに医薬品を含む幅広い製品を扱っていることからインバウンド売上への依存度は低い。

医薬品やサプリメントの販売には中国当局の許認可が必要なため、外国企業の参入に際しては相当な時間を要することが指摘されている。小林製薬は2018年に買収した江蘇小林製薬を通じて皮膚科関連製品の認可を申請。本年8月頃からアンメルツなどの製造販売を開始する計画だが、内服製品については予定されていない。

インバウンド比率の高い医薬品やサプリメントの越境ECへの移行は困難と見られるため、インバウンド売上減少分を越境ECや既存中国事業でカバーすることは難しく、業績リスクは無視できないとみている。なお、未上場企業ではあるがOTC医薬品として中国で高い人気をもつ龍角散は、2017年の越境EC開始に続いて2019年には現地医薬品企業・華潤三九との提携によるリアル店舗ルートへの進出を公表した。

医薬品や健康食品といった領域では、今回のコロナウイルス発生以前からの、長期的な視野に基づく現地での認可取得スキームやチャネル構築の有無が大きく明暗を分ける。

石鹸、洗剤、紙おむつなどの日用品の海外事業は、製品の重量や単価などを考慮すると基本的に現地サプライチェーン構築が前提となる。根強い人気の「日本製製品」インバウンドも、個人旅行者よりもむしろバイヤーによるB2Cが主流であり、旅行客減少の影響は限定されるとみている。

日用品メーカーにとってはむしろ、中国内での生産物流が停滞する可能性も鑑み、マスクや手洗い石鹸、除菌関連製品などについて拡大が予想される需要にどのように応えられるかが課題となるだろう。

図表:上場消費財メーカーのインバウンド売上比率および海外売上比率
(2018年12月期及び2019年3月期実績)

上場消費財メーカーのインバウンドと海外売上比率

出所:各社有価証券報告書及び決算説明会資料よりFMI作成

*1脚注:訪日外国人数データは全て日本政府観光局(JNTO)統計による
*2脚注:いずれも中国国家統計局ウエブサイトより*3脚注:香港を拠点とし、アジア中心に展開する世界最大のドラッグストアチェーン

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