コングロマリット(複合企業)は企業価値を下げるのか? 「セブン&アイ」「商社」の事例から探るコングロマリット・ディスカウントの本質

セブン&アイ・ホールディングス(HD)のように、一部の投資家は「コングロマリット・ディスカウント(CD)」を理由に経営陣に対して戦略の変更を迫る。コングロマリット・ディスカウント(CD)とは、多くの産業を抱えるコングロマリット(複合企業)の企業価値が、各事業の企業価値の合計よりも小さい状態のことである。一方で、コングロマリットの典型例である商社の株価は、著名投資家ウォーレン・バフェット氏の強気スタンスを歓迎した結果、上昇軌道を辿っている。都合よく使われているコングロマリット・ディスカウント(CD)とは、果たして本当に存在するのだろうか。

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コングロマリット・ディスカウントの解消を求められたセブン&アイHD

CDの解消を求められたセブン&アイ・ホールディングス

2023年5月25日、セブン&アイHDの長い一日が終わった。井阪隆一・代表取締役社長をはじめとした会社側の取締役選任案が可決され、バリューアクト・キャピタル(Value Act Capital=VAC)との暗闘に一端の区切りがついた。

VACは、井阪社長らの選任に反対意見を唱えてきた。米議決権行使助言会社ISSもVACを支持。コングロマリット・ディスカウント(CD)が理由の一つだ。

セブン&アイHDは、コンビニや百貨店、総合スーパー、専門店など多くの業態を抱える複合企業体だ。こうした企業群は、英語ではコングロマリット(Conglomerate)と表される。

VACは、「セブン&アイHDにCDが発生し、時価総額が低位にある」と主張。各事業を独立させて、CDを解消すべきだという考え方だった。

こうしたVACの主張に対する賛成派も反対派も、CDの存在を前提に議論しているが、そもそも、CDとは何だろうか。

経営学や金融論の教科書を読むと、投資家にとってコングロマリットは本質が理解しづらいため、株価が割安になると書かれている。

では、理解しやすくなると割安は解消するのだろうか?
それとも複数業態を持つ企業にCDが生じるのは不可避なのだろうか?
そもそも、CDなるものの本質は何なのか?本当に存在するのだろうか?

バフェット氏が商社株に与えた影響

バフェット氏が商社株に与えた影響

コングロマリットが礼賛される事例がある。

新型コロナの感染拡大が収束し、2023年に入ると多くの外国人経営者が来日。その中には、米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏も含まれていた。

3年ほど前、バフェット氏が運営する投資会社は、日本の5大総合商社株を発行済み株式数の5%超まで買った。その後、5社の株価は2倍前後にまで急騰している。

バフェット氏の投資哲学は「自分が理解しないものには投資しない」である。つまり彼にとって日本の総合商社は理解しやすい存在だったのだろう。

日本の総合商社は典型的なコングロマリットだ。各事業の相互シナジーも明確ではない。経営学や金融論では、忌避されるべき「投資家に分かりづらいコングロマリット」の筆頭格ではないだろうか。

筆者は22年前、「問屋と商社が復活する日」(日経BP)を出版している。IT革命で商社不要論が叫ばれた時期だ。その当時、5大商社の一つである丸紅の株価は1株100円を割り込んだ。

総合商社、総合電機、総合小売といった表現で使われる「総合」は嫌われやすい。しかし、一転してバフェット氏が礼賛すれば、マス(大衆)は手の平を返してはいないか。バフェット氏の影響か、商社株は注目され、丸紅の株価は2023年6月5日時点で1株2000円を超えている。

コングロマリット・ディスカウントが叫ばれた1980年代の米国

CDが叫ばれた1980年代の米国

CDの議論が始まったのは、多国籍企業が活躍した1980年代だ。冷戦中ではあったものの、西側経済のグローバル化が始まり、原材料調達先が海外となった時期でもある。

「現地企業から調達するか」「自社の現地法人から調達するか」

多国籍企業は原材料調達先の選択を迫られた。当時は品質や納期の確実性から、後者の「自社の現地法人から調達する」を選択する多国籍企業が少なくなかった。

ハーバード大学教授のスティーブン・ハイマー氏が出版した「多国籍企業論』(1979年、岩波書店)など、多国籍企業が現地機能を内部化する正当性を裏付ける著書も出版された。

この傾向は特に米国で顕著であり、1980年代は米国の対外直接投資が急増した。しかし、今でいうグローバル経営に不慣れだった米国の多国籍企業の経営は混乱をきたしたのだった。

現地法人の経営陣は現地法人の「部分最適」を追求してしまい、本社やグループ全体の戦略との整合性が欠如していたのだ。その結果、グループ全体の収益性は低下し、多国籍企業の時価総額が低迷した。

第4次M&Aブームでもあった当時の米国では、投資ファンドによる株式価値の追及が隆盛を極めた。経営の混乱で時価総額が低迷しているコングロマリットは、そのターゲットになった。

日本銀行調査統計局の「米国の製造業における1980年代~90年代の経営改革(2015年)」によれば、1980年代後半以降の米国製造業は、採算性の低い分野からの撤退を繰り返した。

事業買収と売却を進めたGE、DRAM事業から撤退してCPU事業にシフトしたインテル、
汎用化学製品を縮小してバイオや電子部品へ集中したモンサントやデュポン、軽油等の輸出を強化して国内向けのガソリン精製を縮小したバレロなどが好例だ。

この文脈で「コングロマリット・ディスカウント(CD)」という言葉が生まれたのだ。ちなみに、第3次M&Aブームに沸いた1960年代には「コングロマリット・プレミアム」という言葉があり、コングロマリット自体は高く評価されていた。

コングロマリット・ディスカウントの多くはカントリーリスク?

CDの多くはカントリーリスク?

そうした状況を踏まえたうえで、中野貴之氏が2010年に著した「多角化ディスカウントに関する実証研究」は興味深い。中野氏は、CDを「事業」と「地域」という2種類の多角化で検証した。

筆者は著書、「持たざる経営の虚実」(2019年、日本経済新聞出版社)のなかで、中野氏の論考を引用し、CDの本質を論じた。

結論は、「CDの大部分は事業の多角化ではなく、地域の多角化による」というものだ。つまり、「CDは、海外進出に伴うカントリーリスクに過ぎない」ということだ。

中野氏の研究によれば、地域の多角化は事業の多角化の5倍もバリュエーションを低下させる。多国籍企業の株価が海外におけるビジネスリスクを織り込むことは自然だ。

海外でのビジネス活動にはカントリーリスクが不可避である。為替や政治などコントロール不可能な要素も多い。稼いだ外貨の自国への還元も容易ではない。

この結論は、前述した1980年代における米国の多国籍企業が陥った時価総額ディスカウント問題とも通じている。つまり。コングロマリットの問題は事業の多角化ではなく、地域の多角化による影響が大きいのではないだろうか。

まとめ:各事業領域の収益可能性と現経営陣の齟齬がディスカウントを生む

事業の多角化が外部から分かりにくさを生み、時価総額がディスカウントされるという、一般的なCDの話はあまり説得力がないように見える。

本質的には各事業領域が本質的に必要とする経営陣の能力と、現在の経営陣の能力との齟齬が発生した際に、時価総額のディスカウントが発生するのではないだろうか。

現経営陣の能力が乏しい場合、事業の多角化は難しい。地域の多角化はなおさら困難だろう。つまり、必要な経営力と現経営陣の経営力の格差こそが、根源的なディスカウント要因ではないだろうか。

逆に言えば、経営陣の能力が必要充分である限り、事業も地域も多角化が可能だ。コングロマリット・ディスカウント(CD)という言葉の裏には、経営力における理想と現実のギャップが横たわっているのだ。

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