中小企業の接待交際費 現状とM&Aに与える影響

99.7%。約360万社あると言われる日本の全企業数のうち、中小企業が占めている割合だ。私は多くの中小企業の決算書を目にしてきたが、利益が出ている会社のほとんどが「接待交際費」を多く支出している。

企業の交際費は1990年代初頭には6兆円ほどあった。近年では3兆円ほどに減少しているものの、実に2兆9000億円超を中小企業が支出している状況だ。これは中小企業への税制上の優遇が認められているためだ。

接待交際費をはじめとする経費は、M&Aの取引価格にも大きく影響するケースがある。中小企業における接待交際費の現状と、M&Aへの影響について、考えてみたい。

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必要経費計上で節税

必要経費計上で節税

企業の接待交際費の大半を中小企業が計上するのは、中小企業に関しては年間800万円までの損金算入が認められているからだ。稼いだ利益をそのまま税務申告すると法人税がかかるところを、接待交際費を支出した部分は必要経費とみなされ節税効果があることに起因する。

つまり、中小企業オーナーが役員報酬を多く設定し個人所得を増やすよりも、飲食代や旅費交通費などを会社の必要経費として支出する方がオーナー個人の税負担が軽くなることがある。

日本の中小企業の税制は厳格ではない

日本の中小企業の税制は厳格ではない

主要国の接待交際費に関する税制を見てみると、アメリカでは交際費の50%が損金不算入となっており、①事業の遂行に当たって、通常かつ必要なもの②直接事業に関連すること――が損金算入の要件となっている。

ドイツでは交際費の30%が損金不算入となっており、①取引通念に照らし、相当②金額、日時、場所、目的及び参加者について、書面により届け出することが算入要件、イギリスでは全額損金不算入となっている。

フランスでは全額損金算入できるが年間6,100ユーロ(約100万円)まで。それを超えた場合には、申告時に明細書の提出が義務付けられているが、上記3か国と比較すると優遇されているといえる。

日本における算入要件は、「法人がその得意先、仕入先その他事業に関係ある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するもの」となっている。実態は、クライアントの定義が不明確であるため、中小企業オーナーの解釈で支出している分も計上されていることが多い。

上記を踏まえ、諸外国の算入要件と比較すると、日本の中小企業は厳格とまでは言えないのではないだろうか。日本には接待文化が昔から根付いているということが根底にあるのかもしれないが、この制度を多くの企業が活用しているのが現状である。

利益が出ているほど税務メリット

利益が出ているほど税務メリット

また、接待交際費だけではなくオーナーが旅行に行った際の旅費交通費、1人当たり5,000円以下の飲食費に関しては会議費、スーツなどを購入した際の消耗品費など、多くの支出を損金算入することができるため、利益が出ている中小企業ほど、その税務メリットを受けられるという仕組みである。接待交際費を含めオーナー経費を支出するということは、その会社がしっかり利益を出しており、損金算入可能額の範囲でその制度を活用しているということだからだ。

ちなみに企業規模別で分類した損金算入可能額は以下の通りとなるが、企業規模が小さいほうがその税務メリットを受けられる仕組みとなっている。

個人事業主: 接待交際費の全額
中小企業: ①接待交際費のうち接待飲食費の50%まで
②年間800万円(×事業実行月数/12か月)まで
※上記①と②のどちらかを選択
大企業(資本金1億円超): 接待飲食費の50%まで
大企業(資本金100億円超): 全額損金算入不可

オーナーの支出は売却時利益に上乗せ

オーナーの支出は売却時利益に上乗せ

さて、中小企業のM&Aにおいて、接待交際費をはじめとする「オーナー経費」はその取引価格に大きな影響を与えている。

中小企業を買収する買手企業は、売手企業よりも企業規模が大きな買手であることが一般的だが、上場企業あるいはそれに準ずる大企業であることが多い。会社を売却しようとするオーナーがM&Aをきっかけとして退任した場合、オーナーが支出していた経費(接待交際費、会議費、消耗品費、節税目的の支払保険料等)は削減されることになる。つまり、売却後はその削減分だけ利益に上乗せされるということである。

以下のような会社の例を用いて説明したい。

X社の財務情報

決算書上の営業利益は50百万円であるが、オーナー経費が20百万円かかっており、会社を売却しオーナーチェンジした場合、その分が削減され(修正後)営業利益は70百万円となる。また、償却前利益(EBITDA)は80百万円であるが、オーナー経費控除後は100百万円となる。

オーナー経費で企業価値が変化も

オーナーの支出は売却時利益に上乗せ

M&Aの取引を実行する場合、企業価値を計算する際に多く採用される手法として、EV/EBITDA倍率というものがある。

EVとは企業価値(Enterprise Value)のことであり、以下の算式にて計算する。

EV(企業価値)=株式時価総額+純有利子負債(有利子負債-現預金)

つまり、買収する際に買手企業側から見ると、株式を100%所有し支配権を獲得するだけでなく、対象企業に帰属する有利子負債と現預金も引き継ぐため、その総和が企業価値となる。

またEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略)とは、利払い・税引き・償却前の利益であるが、決算書上では営業利益に減価償却費を加算したものと言い換えることができる。これが意味するところは、企業の収益力(キャッシュフロー創出能力)であり、本業でどのくらいキャッシュを生んでいるかということだ。

EV/EBITDA倍率とは、買収を実行する場合にEV(企業価値=買収金額)を対象企業のキャッシュフローをもって何年で回収できるか、という倍率となる。

X社の事例で言うと、EBITDAは80百万円であるが、もし5年での回収を想定した場合のEVは400百万円となる。EV(企業価値)=株式価値+純有利子負債であるため、その分配として売主に支払う350百万円、金融機関等への借入返済負担で50百万円となる。

以上が決算書上から読み取れるEVとなるが、このX社の場合はオーナー経費が20百万円かかっている。オーナーチェンジした後にその分がかからなくなるということは、EBITDAに加算し、修正後EBITDAである100百万円を前提にEVを計算することが一般的となっている。

つまり、先ほどと同じく5年で回収するとした場合、修正後EBITDAの100百万円×5倍=500百万円がEVとなる。純有利子負債の金額は変わらないため、売主に分配される株式価値は450百万円となるが、修正前と比較し実に100百万円の増加。オーナー経費がその取引価格に与える影響は非常に大きいと言える。

節税効果以外も頭に入れておく

接待交際費などのオーナー経費を支出するということは、主には節税効果が目的であることは前述した通りである。会社を売却することを検討する前はその節税効果にのみ目が行きがちであるが、会社を売却するとなった場合、X社の事例のように売主への分配額に大きな影響が出る場合がある。

今回は非常にシンプルな例ではあったが、M&Aの現場ではよく見られることであるため、会社を売却することを検討している経営者にとっては予備知識として頭に入れておいて頂きたい。

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