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敵対的買収の国内事例と防衛策を解説 活発化するその背景とは?
経営陣の賛同を得ないまま買収を試みる非友好的な買収(敵対的買収)の動きが、再び国内で活発化している。泥沼の攻防戦を繰り広げて世間の注目を集める敵対的買収では、一般企業は買収者になることを敬遠し、投資ファンドが買収者となるケースが多かった。しかし、最近では大手上場企業が買収者となる事案も見られ、一般企業にとっても他人事ではなくなりつつある。本記事では、敵対的買収の近年の動きやその背景について概説する。
近年の国内における敵対的買収事例
国内における敵対的買収の動きは昨年から活発化している。日本企業に対する敵対的買収の件数は2012年以降沈静化しており、それ以降は年1件程度のペースで推移していたが、昨年は急増。6件の敵対的買収が仕掛けられた。
特に伊藤忠商事によるデサントの買収は、大手上場企業が買収者となり成立した国内初の事例として重要な意味を持つ。
図表(日本企業に対する敵対的買収)はあくまでも敵対的であることが公表されている事案であるが、当初は買収に抵抗したものの対象会社が買収を受け入れて、友好的買収として公表されている事案や、買収者が対象会社の抵抗に屈して公表する前に買収を取りやめた事案も多数存在する。
そのため、このような潜在的事案も含めると、相当数の敵対的買収が仕掛けられているのが現実であり、一般企業にとっても他人事ではなくなってきている。
敵対的買収が増加する背景
筆者が認識する潜在的事案も含め、敵対的買収が増加している背景として、いくつかの要因を挙げることができる。
M&Aが企業成長のために不可欠
1つ目は、すでにM&Aが企業成長のために不可欠な手段になっていることだ。既存事業の成長が鈍化し、経営環境の変化スピードが増している中で、M&Aを活用して短期間に事業ポートフォリオの変革や事業基盤の確立を目指す企業は着実に増えている。そのためM&A実行に対する企業内外からのプレッシャーも大きくなっている。
その結果、投資ファンドのみならず、一般企業でも能動的に買収を仕掛ける動きが一般化しつつあり、またスピーディーにそれを実現しなければならないという焦りから強硬手段に転ずる状況がうかがえる。
敵対的買収とは異なるが、企業にとってM&Aが不可欠な手段となっている、という意味では小売業界において先日、ドラッグストア大手のマツモトキヨシホールディングス(マツキヨ)とココカラファインの大型経営統合が公表された。
当初はマツキヨとスギホールディングスの両社がココカラファインとの提携・統合に名乗りを上げ、同業どうしの勢力図争いとして各当事者の動向に注目が集まったが、業界再編が急速に進む中で同業3社の危機感と合従連衡への強い意欲が表れた事案だった。
買収を仕掛けやすい環境
2つ目は、上場企業が敵対的買収を安易に拒絶できない状況になっているため、必ずしも買収対象の会社と友好的な関係がなくとも株主を中心としたステークホルダーの経済合理性にかなう提案ができれば、買収を仕掛けやすい環境になってきているということだ。
上場企業にはコーポレートガバナンス強化が求められており、これまで以上に株主価値の最大化を意識することが求められている。
また、独立社外役員の存在によって経営陣に対して牽制機能が働くことで、経営陣の保身と見られかねない意思決定には取締役会で一定の歯止めがかかることになる。
日本における株主価値重視の傾向は、敵対的買収に対する世間の見方にも変化をもたらした。その変化が敵対的買収に踏み出す際の心理的な追い風になっているという側面もある。
株主よりも企業の歴史やそこで働く人々の利益保護が重視されるあまり、敵対的買収というと乗っ取りや、企業の破壊行為、といった悪い印象を持たれる。そのため特に一般企業では自ら敵対的買収者となることに強い抵抗感があった。
しかし、敵対的買収者は本来、株主にとっては魅力的な売却機会を提供しうる好ましい存在だ。その認識の浸透もあり、近年の株主価値最大化への意識の高まりと共に、敵対的買収に対する従来の負の印象は徐々に薄れ、世間も割とニュートラルな見方に変わりつつある。
企業間における資本関係見直し
3つ目は、企業間における資本関係見直しの動きだ。株式持ち合いおよび政策保有株式に対する機関投資家などの見方が厳しくなる中で、上場企業の安定株主比率が下がり、安定株主を固めて敵対的買収を阻止することが難しくなってきている。
むしろ、対象会社との関係が薄まり、保有株式売却の意向を持つ安定株主にとっては、高いプレミアムが付された買収提案は絶好の株式売却機会とも言え、今後は敵対的買収者の追い風になる可能性さえあるだろう。
また様々な業界では、経営環境がダイナミックに変化する中で、子会社、持分法適用関連会社などとの関係について、多くの企業が事業シナジーとの関係から見直しを迫られている。これまで通りの安定的資本関係の維持を求める対象会社との間で摩擦が生じるケースも多い。
特に、20~30%程度の持分保有は「事業シナジーがなく、支配権もない中途半端な状態」になっているケースが多く、該当する大株主側では対象会社の意に反して、売るか(資本関係解消)、買い増すか(支配権獲得、完全子会社化)の選択を迫られることになる。そのため、対象会社との対立に発展しやすい状況にある。
前田建設工業と前田道路の事案では、前田建設工業が前田道路の株式をもともと24.6%保有していたが、TOBにより51%までの買い増しを求めたところ、前田道路が反対を表明し、敵対的買収に発展している。
敵対的買収防衛策の導入、維持が困難
4つ目は、上場企業が敵対的買収防衛策を導入、維持することが困難になってきていることだ。敵対的買収防衛策を保有している上場企業は、2010年7月末の542社から2019年7月末の329社へと大幅に減少しており、上場企業全体の8.8%にとどまる。また、直近1年間において廃止した企業は過去最多の59社だった。
改訂スチュワードシップコードやISSなどの議決権行使助言機関による反対推奨の影響で、経営陣の保身目的に利用され株主価値の毀損を招きかねない敵対的買収防衛策については、株主からの賛同が得られなくなってきている。
さらに今後も減少傾向は続くものと考えられるため、敵対的買収への牽制機能を担ってきた敵対的買収防衛策には依拠できない環境になっていることもあげられる。なお、現在敵対的買収を仕掛けられている東芝機械は、もともと20%以上保有する買収者に対し事前に情報を求める敵対的買収防衛策を導入していたが、2019年6月の株主総会をもって廃止。敵対的買収防衛策の保有企業が廃止する際には留意が必要なことを示唆している。
敵対的買収の標的になりやすい企業の特徴と防衛策
株価が割安な企業は敵対的買収の標的となりやすいのは言うまでもないが、そのような企業には他にも共通の特徴がある。典型的なのは、設備・不動産・ブランド・技術・権利など、価値のある資産を保有するものの、その資産を最大限に活用できていない企業(資産価値企業)だ。そのような企業は必然的に株価も低迷し、買収者にとっては格好の標的になる。
一方、資産はほとんど保有せず、質の高い人材が企業価値を生み出しているような企業(人材価値企業)は、買収後における役職員の流出により企業価値が大きく毀損するリスクがあるため、敵対的買収の標的とされにくい。例えば、エンジニア中心のソフトウェア/コンテンツ開発会社やコンサルティング会社が挙げられる。
狙われやすい企業における防衛策
資産価値企業が敵対的買収を未然に防ぐ方法としては、保有資産の価値を最大限に引き出し、割安感のある株価を正常な水準に高めることだ。自社の力だけでこれを実現するのが難しい場合には、提携・買収・経営統合といったM&A取引を通じて外部の経営資源を活用し、スピーディーにこれを実現することが有効だ。
例えば、持ち前の技術力で革新的な製品を開発したものの、製品のユーザーに対するリーチが弱く販売が伸び悩むケースでは、当分野における顧客基盤や販売力をもつ会社とのM&Aが有効な手段として考えられる。自社の経営資源に固執して自力成長のみを求めていては、企業価値の最大化を図っているとは言い難い。
また、上記で述べた通り、人材価値企業は敵対的買収の標的となりにくいことから、これまで資産価値に依存してきた企業でも、人材の質を高めて絶えず新たな価値を生み出していくことで、企業価値の源泉を資産から人材にシフトしていく方法が考えられる。
今後はこれまで人が担ってきた業務をロボットが担うようになる時代になり、企業における人への依存度は益々低下することから、人材の質を高めロボットでは生み出せない価値を創造していくことが重要になる。
上場企業に求められる今後
敵対的買収の動きは今後さらに活発化するだろう。
上場企業において株主価値の最大化が求められる中で、敵対的買収から身を守るための特効薬は存在しない。
しかし、平時から経営陣が危機感を持って、人材の質を高め、企業価値向上に向けた取組みをスピーディーに実行していくことが、株主価値最大化の実現と共に敵対的買収者を遠ざけることにつながる。
更には、外部環境の変化に合わせ、最適資本構成や株式上場の是非についても柔軟に見直していくことも有益だ。
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