サンゴ礁と大企業 「失われた30年」からの再生を

平成の30年間で、日本の大企業は世界での地位を大きく後退させた。かつての大企業はサンゴ礁のように、中小企業や地域経済に心地よい住処を提供し、豊かな生態系を育んできた。日本経済が「失われた30年」から脱するには、中小企業の生産性改善だけでなく、大企業(とりわけオールド・エコノミー)の企業価値改善が不可欠だ。

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大企業の再生を置き去りにしない

ビルイメージ

2020年に菅政権が発足して以来、中小企業の生産性改善に注目が当たっている。これ自体は間違っていない。ただし、置き去りにされている重要な論点は、日本経済を引っ張るべき大企業の現状だ。日本を代表する大企業達は、果たしてサンゴ礁のように、日本の中堅企業・中小企業が生き抜くための住処を十分に提供できているのだろうか。

グレートバリアリーフの映像で気づくこと

グレートバリアリーフ

南の海の小さな魚たちは、サンゴ礁があってはじめて住処を確保できる。同様に日本の中小企業や地域経済は、大企業群が活き活きと存在して、はじめて存立できる。中小企業の生産性改善が注目される中、大企業の企業価値向上という大命題を、置き去りにすべきでない。

世界最大のサンゴ礁、グレートバリアリーフ。ウルル(エアーズロック)と並ぶ、オーストラリアを代表する世界遺産だ。このサンゴ礁は、宇宙から見ても分かるほどの大きさで、人間を除く生物(つまりサンゴ)が作り出した世界最大の構造物と言われている。

撮影技術が発達した現在では、空や海中から見たグレートバリアリーフの美しい映像を楽しむことができる。映像を見て気づくのは、魚を含めた生物がオーストラリアの大海にまんべんなく生息しているわけではないことだ。

サンゴ礁がない、単なる遠浅の海には魚や動く生物は見当たらない。砂の下に隠れて生息する生物もいるだろう。しかし、視認できる生物の多くは、サンゴ礁に棲んでいる。身体が小さな生き物ほど、サンゴ礁の存在があってはじめて、自己の住処を確保できる。

このアナロジーは、社会経済学にも通じる。巨大サンゴ礁的な企業グループが存在する地域は、地域全体が潤う。当該地域の中小企業は、巨大企業との取引で潤う。サービス業は、巨大企業やその周辺企業で働く従業員の消費で潤う。

人間社会も経済社会も優れたリーダーが必要

人権は万人に平等だが、能力は各人で多様だ。それを前提に、人は共同体を形成し、物質的にも精神的にも相互扶助関係を築く。共同体の中で能力に優れた人たちはリーダーとして組織を形成し、共同体の全ての人たちが安心して文化的な生活を営めるよう配慮する。

様々な企業によって成立する経済社会も同様だ。多様な能力を持つ企業が存在し、企業間の商品・サービス・情報のやり取りを通じて経済社会は形成される。各経済社会の発展の継続性は、リーダーとなる企業・企業群の強さ・規模によって規定される。

「失われた30年」と大企業の企業価値

図表
出所:米「ビジネスウィーク」誌1999年7月17日号”THE BUSINESS WEEK GLOBAL 1000”

図表2
▲2020年11月27日時点

ここに1989年、2020年という2時点における世界の時価総額ランキングがある。1989年時点では、上位20社の実に14社が日本企業だった。2020年は上位20社に日本企業は入らず、最高順位がトヨタ自動車の40位である。「失われた30年」で、日本経済のグレートバリアリーフは消失した。

オールド・エコノミー、サラリーマン社長の躍進

この表で注目すべきは、2020年ランキングで上位を独占するGAFAなど新興IT関連企業ではない。ウォルマート、ジョンソン・エンド・ジョンソン、P&G、貴州茅台酒、ネスレといった伝統的消費財を扱う「オールド・エコノミー」の躍進だ。

これらオールド・エコノミー企業群の社長は、創業オーナーではない。組織を動かして経営を行う彼らは、サラリーマン社長だ。

「サラリーマン社長は改革ができない」は都市伝説

お酒イメージ

日本では、「大企業のサラリーマン社長は大胆な変革はできない。オーナー社長が必要だ」と言われる。

これは都市伝説だ。

世界のオールド・エコノミー企業はサラリーマン社長が変革を行い、時価総額を大きく引き上げている。

日本のオールド・エコノミー企業が変革できないのは、サラリーマン社長だからではない。経営者自身の資質や能力次第だ。

EC時代への対応策として、ウォルマートは店舗を意味する「ストアーズ」を社名から外し、IT人材を猛烈に採用してEC強化を行った。貴州茅台酒は、中国の白酒需要が減少するなか、高級路線の「飛天」に経営資源を投入し、収益拡大を続けている。

日本におけるGAFAやユニコーンの待望論は、「青い鳥症候群」に過ぎない。平成の30年間で日本経済が失速した要因の一つは、中小企業(日本の法人数の99%を占める)が安全に生きていくためのサンゴ礁がなくなったことなのだ。

あれも、これも

サンゴ礁イメージ

古今東西、選択の悩みは多い。ヴェルディのオペラ『リゴレット』の第一幕で、マントヴァ侯爵が歌う曲名は『あれかこれか』。哲学者キルケゴールの著作にも『あれか、これか』という哲学書がある。

日本経済はコロナ前でも深刻なダメージを負っていた。
コロナ後では尚更だ。日本は、構造改革の対象を、「あれ(大企業)か、これ(中小企業)か」で選択する余裕はもはやない。「あれも、これも」の精神で、両方の改善が必要なのだ。

大企業の企業価値改善が急務

とりわけスポットライトが当たっていない、大企業の企業価値改善が急務だ。時価総額をこの10年ほとんど増加させていない大企業が、日本にはごまんとある。
中小企業が安心して生きるためのサンゴ礁の再構築が大企業の社会的役割だ。
重要なことは、そのスピードだ。流行のイニシャルを使えば、SDGs(S:素早く、D:大胆に、G:がむしゃらに)となる。

フロンティア・マネジメントの試み

当社(フロンティア・マネジメント)では2021年1月に大幅な組織変更を行い、コーポレート戦略部門を設置した。この部門では、過去に当社が培った企業変革のノウハウを梃子(てこ)に、オールド・エコノミー企業の本質的な変革(トランスフォーメーション)を重要任務の一つに掲げている。

グレートバリアリーフも、気候変動、漁業、公害、オニヒトデの増殖などで、ダメージを受けてきた。しかし、そのたびに専門家の英知で回復を見せている。筆者も市井の専門家として、日本経済に改めてサンゴ礁が再生することに邁進したい。

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