欧州エネルギートランジションの最前線~危機をチャンスに変える取り組み

低炭素化・脱炭素化実現のためのエネルギー転換(エネルギートランジション)で世界を牽引してきた欧州。新型コロナウィルス感染症からの経済回復に伴うエネルギー需要急拡大や天候不順、化石資源への投資不足などの要因により、2021年後半から歴史的なエネルギー価格の高騰に見舞われ、さらに2022年2月にはロシアによるウクライナ侵攻がそれに拍車をかける形となり、これまでに類を見ない深刻なエネルギー危機に直面している。

欧州の天然ガス価格は2022年8月に過去10年間の平均価格の10倍を超える1メガワット時(MWh)316ユーロまで急騰し、各国政府は様々な対応を講じるものの、長引くウクライナ侵攻により今なお予断を許さない状況にある。

このエネルギー危機下において、欧州各国は自国の短期的なエネルギー確保を優先し、エネルギートランジションは後退してしまうのであろうか。本稿では欧州エネルギー政策に関連するウクライナ侵攻後の動きを確認しながら、欧州のカーボンニュートラルに向けた取り組みについて考察する。

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エネルギー危機が脱炭素化を加速

エネルギー危機が脱炭素化を加速

2022年11月にエジプトで開催された国連気候変動会議(COP27)は、温室効果ガス排出量の削減目標に関する新たなコミットメントはなく、基本的には前回の「グラスゴー気候合意」の再確認にとどまったこと、また前回のような若手環境活動家の大規模な抗議活動もなく、人々の問題意識が今まさに起こっているウクライナ情勢やエネルギー危機に置かれたことから、COP26に比べると盛り上がりに欠けた印象は否定できない。

また、欧州においては今冬のエネルギー不足の難局を乗り切るべく、石炭火力や原発への回帰といった、従来のエネルギートランジションの概念と逆行するような動きが出てきていることも事実である。
しかしながら、欧州でエネルギートランジションが停滞しているかというとそのような状況にはなく、むしろ2022年はエネルギー危機によりそれが様々な局面で加速した1年であった。

短期的には乗り越えなければいけない問題はあるものの、中長期的には再生可能エネルギーへのシフトこそがロシア及び化石燃料への依存から脱却する最大の有効策との姿勢を欧州各国政府が示しており、従来の野心的な目標を後退させるどころかさらに引き上げる動きがEU及び各国で出てきている。

ウクライナ侵攻後 欧州各国がめざす脱ロシアの動き

ウクライナ侵攻後 欧州各国がめざす脱ロシアの動き

各国でもともとのエネルギー自給率やロシアへの依存度に違いがあるため時間軸は異なるものの、ロシアからの資源調達の断絶を目指すという点ではEU加盟国及び英国の間でコンセンサスが図られている。以下にウクライナ侵攻後における英国とEUの動きを概観する。

洋上風力発電・水素生産の目標量を大幅に引き上げた英国

G7で初めて排出「ネットゼロ(温室効果ガスの排出実質ゼロ)」目標を法制化した英国であるが、ウクライナ侵攻を受け2022年4月に同国政府は新たな長期エネルギー安全保障戦略(British energy security strategy)を発表した。

英国の再生可能エネルギーの要である洋上風力発電について政府は2019年3月、2030年までに設備導入量を30GWまで拡大する目標を掲げていたが、2020年11月に40GW(浮体式洋上風力発電は1GW)まで引き上げ、今回これをさらに50GW(浮体式洋上風力発電は5GW)まで引き上げることを表明した。

約2年間で実に目標を67%引き上げたことになり、日本における同時期の案件形成目標が10GWに過ぎないことからも、これがいかに野心的な目標であるかがわかる。またこの発電目標の引き上げに加え、新たな洋上風力発電の承認期間を4年から1年に短縮するとしており、着工までの大幅な期間短縮が期待される。

英国政府が洋上風力と並んで注力するのが水素である。水素は多用途で利用可能であり、再生可能エネルギーの余剰電力を貯蔵することができ、ガスの代替にもなる有用性の高いクリーンエネルギーとして、国産エネルギーを用いた水素生産の展開を加速するとした。

2030 年までの水素生産能力の目標を現在の2 倍となる最大 10GW に引き上げ、その半分をグリーン水素(水を電気分解して生産される環境負荷の低い水素)とすることを目指す。水素生産にあたっては、洋上風力発電による余剰電力を利用してコスト削減を図る戦略である。

クリーンエネルギー移行への加速戦略を描くEU

欧州委員会はロシアからのLNG調達をなくすことを明確にし、それを踏まえた利用可能、安全、且つ持続的なエネルギーを確保するための戦略を、2022年5月に「REPowerEU」として定め公表した。

この戦略は、Accelerating clean energy(クリーンエネルギーの加速)、Diversifying(エネルギー多様化)、Saving(エネルギー削減)が柱になっており、それを実現するための資金調達手法及び法的手法が定められている。クリーンエネルギーへの移行を劇的に加速し、信頼性の低い供給者やボラティリティ(価格変動)の大きい化石燃料からの独立性を高める方針が示されている。

クリーンエネルギーの加速に関しては、2030年までに再生可能エネルギーの発電割合の目標をそれまでの40%から45%に引き上げた。内訳をみると、太陽光発電については2025年までの3年間で設備容量を現在の2倍に増やし、2030年までの8年間でそれを4倍にまで増やす計画だ。

2030年の目標値でみると、2021年7月に発表した旧目標(Fit for 55 パッケージ)から 43% 増加しており、いかに大幅な目標引き上げであるかがわかる。

エネルギー多様化に関しては、天然ガス、石炭、石油に代わるエネルギーとして、英国と同様にEUが期待を寄せるのが水素である。2030年までに再生可能な水素の域内生産量を従来の560万㌧から約2倍となる1,000万㌧に引き上げ、それとは別に1,000万㌧を輸入する目標を設定した。

また産業界におけるグリーン水素の導入を支援しこの目標を達成するために、さまざまなインセンティブを提供することを発表した。その1つが水素分野の研究開発および実用化のためのプロジェクトに対する、IPCEI(欧州共通利益に適合する重要プロジェクト)としての公的助成である。

2022年夏までにプロジェクトを承認するとし、その後7月には(1)水素の製造、(2)燃料電池技術、(3)貯蔵および輸送運搬技術、(4)エンドユーザーによる活用技術まで幅広い関連領域において、参加35社の41プロジェクトに対し最大総額54億ユーロの公的助成を行うことを発表した。

エネルギー削減に関しても、2021年7月に発表した旧目標では2030年時点での2020年比のエネルギー削減を9%にするという政策目標が掲げられていたところ、これが13%(+4%)に引き上げられている。

投資家からも熱い視線

以上で述べた通り、ウクライナ侵攻後における英国およびEUの声明からも、脱ロシア依存のために再生可能エネルギーの利用促進を一層アグレッシブに追求していく欧州の姿勢を窺うことができる。

これらの取り組みが目標達成に向けて順調に推移するかどうかは、今後の各国政府およびEUの手腕、産業界における技術革新にかかっているが、欧州がこれらの野心的な目標を達成した際には、欧州は危機をチャンスに変え、エナジートランジションにおいて一層世界をリードする存在になっているだろう。

少なくとも各国政府およびEUのエネルギートランジションに対する強いコミットメントが示されたことにより、投資家や関連業界は継続的な市場拡大を期待し従来以上に活気づいているように見受けられる。

「再生可能エネルギーの巨人」 新たな産業形成呼び込む

「再生可能エネルギーの巨人」 新たな産業形成呼び込む

2022年は地政学的リスクの高まり、物価・金利高騰、一部市況の悪化によりIPO(新規株式上場)は世界的に大幅な落ち込みを経験し、市場参加者にとっては概して極めて厳しい環境であったが、そのような状況下でも再生エネルギー関連銘柄への関心は引き続き高い。

設立からわずか5年、2022年5月にパリ証券取引所で上場を果たし今年の欧州IPO市場で注目を集める存在となったのが、グリーン水素生産のスタートアップ企業のLhyfe(ライフ、本社=フランス・ナント市)である。

売上はわずか0.5百万ユーロ、20.7百万ユーロの赤字を計上しているが、自らを再生可能エネルギーにおける巨人と呼び、1.1億ユーロの資金調達に成功し、現在の時価総額は4億ユーロ超に上る。

欧州の水素生産で覇権を握るべく、現在93もの生産施設建設プロジェクトが進行中であり、これが実現されると2028年までに大手エネルギー事業者をも凌ぐ4.8GWの水素生産能力を保持することになる。

また、同社は米国燃料電池システム開発企業と組み、世界初の洋上施設でのグリーン水素生産事業をフランスで開始することを2022年9月に発表しており、水素生産のパイオニア企業としても注目を集めている。

証券市場の注目度も高く

以下の図表は、2021年以降にパリ証券取引所に新規上場したエネルギートランジション関連銘柄(※注1)を示している。2021年は新規上場全体(※注2)でみると38件あったが、2022年には18件と47.4%の減少となった。

その中でエネルギートランジション関連は、2021年の過去最高水準となる9件(全体の23.7%)からは減少したものの、2022年も4件(全体の22.2%)の新規上場があった。

引き続きエネルギートランジション関連の全体に占める割合は高く、証券市場の期待・注目度も高いと言えよう。

IPO銘柄一覧

エネルギートランジションに向けた関連産業を育成する上で、政府の方針やそれに基づく法規制の整備は不可欠である。

先にみたように、エネルギー危機下においても欧州各国政府がエネルギートランジションの手綱を緩めることなく、むしろそれを加速する姿勢を示したことは、同産業における投資家・資金提供者に安心感を与え、新たな産業の形成に必要な民間資金を呼び込む結果にも繋がっている。

※注1 再生可能エネルギー、代替エネルギー、またはエネルギー効率化に関連する事業を主として営む企業
※注2 市場替えによる上場、及びSPAC(特別買収目的会社)の上場は除く

国際競争力の強化と雇用創出につなげる狙いも

国際競争力の強化と雇用創出につなげる狙いも

欧州各国政府は新たな技術の開発やインフラ整備に多額の投資をすることを表明している。脱炭素化を加速させるだけでなく、再生可能エネルギーやエネルギーの効率化における先進国となり、自国経済の発展と雇用の創出に繋げようという狙いをみてとることができる。

自国の雇用問題に敏感なフランスを例にとると、政府は2020年9月に国家水素戦略を発表し、2030年までの10年間で70億ユーロを投資することを表明した。

水素の生産については、2030年までに6.5GWのクリーン水素製造設備を設置すべく、必要な投資を行う。同時に研究・イノベーション・人材育成への投資方針も示しており、次世代水素技術の開発プロジェクトに6,500万ユーロを投資するほか、3,000万ユーロをかけて水素エネルギー分野における教育・訓練システムを整備し、5万人から15万人の直接・間接雇用の創出を目指すとしている。

フランスの労働力人口は約3,000万人と言われており、水素関連のみで最大0.5%程度の雇用創出効果が期待される。

また、洋上風力発電の開発を急加速させている英国では、この分野で世界を牽引し先端技術を獲得することにより、高度技術者および高賃金労働者が生み出されており、2030年までに9万人の雇用創出効果を見込んでいる。この雇用創出効果が政府の野心的な目標引き上げを後押ししているとも言えよう。

エナジートランジションを脱炭素化、ロシアへの依存解消という文脈のみで捉えるのではなく、同時に新たな産業や雇用の創出という経済的リターンにも焦点を当てることにより、多額の投資に対する国民からの理解も得られやすくなるものと考えられる。

日本企業のとるべき道は

以上、欧州におけるエネルギートランジションの動向について述べたが、筆者がエネルギー危機真っただ中の2022年夏に欧州に赴任して感じたのは、家庭では燃料代の高騰を心配する一方、ビジネスの場ではこの危機を他者に先んじて収益機会に変えるべく、様々な分野で活発な議論がなされていることである。

中間目標(2013年度比で温室効果ガス46%削減)の達成期限である2030年まで8年を切り、日本に残されている時間が限られているのと同様、日本企業がこれを収益機会に変えられる時間も限られている。エネルギートランジション先進国の取り組みも視野に入れ、政府と企業が一体となり迅速にこの問題に取り組んでいくことが不可欠と考えられる。

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