ESGで置き去りにされたD(Disabled=障害者)の視点

ESG推進で置き去りにされているのは、障害者の包摂であり、「D(Disabled)」の視点と言える。障害者の数は日本でも増加傾向にあり、企業や社会による包摂が求められる時代が到来するだろう。なお、「障碍者」と「障害者」という2種類の表記が存在するが、本記事では内閣府の白書でも使われている後者を使用する。

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重度の障害を抱える人は世界人口の6分の1

重度の障害を抱える人は世界人口の6分の1

2023年3月26日付フィナンシャルタイムズ(FT)に「Disabled workers left out of ‘hierarchy of inclusion’』という記事が掲載された。直訳すると「インクルージョン(筆者注:社会的包摂)から置き去りにされた障害者労働者」となる。

ここ10~20年のESG推進により、女性や性的マイノリティを尊重する行動規範は定着しつつある。ESG推進によって、彼ら彼女らを社会にinclusion(包摂すること)しようという動きはある。

一方でこのFTの記事は、現在のESG推進の動きにおいて、「D(Disabled)の視点が忘れ去られているのではないか?」というストレートな問いを発している。

世界保健機関(WHO)によると、世界人口の6分の1にあたる16億人が重度の障害を抱えて生活しているという。我々の想像を大きく上回る数字でないだろうか。

Dの視点を長年にわたって主張してきたキャロライン・ケーシー氏はこう話している。「持続可能なビジネスアジェンダにおいて、取り残された分野の一つがDである」

日本でも障害者の数は増えている

日本でも障害者の数は増えている

日本における障害者の数も、一貫して増加傾向にある。内閣府が発表している「障害者白書』を見てみよう。

日本の障害者数は、2006年には655万人だったが、12年後の2018年には936万人へと約43%増加した。日本国民の13人に1人が障害を抱えているという計算になる。

障害には、身体障害・知的障害・精神障害の3つが存在する。2018年の統計では、身体障害者が436万人、知的障害者が108万人、精神障害者が392万人となっている。いずれの障害者も増加傾向にある。

障害者が増えている背景には、
① 高齢化
② 環境要因(社会的ストレスなど)
③ 障害への社会的認識の広がり
がある。①~③の継続性に鑑みると、障害者は今後も増え続ける可能性が高い。

一方で、「引きこもり」も社会的包摂の課題の一つと言える。

内閣府は2023年3月31日、15~64歳の引きこもりの人(「半年以上家族以外とほとんど会話しない人」という定義)は、全国に146万人いるとの推計値を公表した。

引きこもりの要因として、5人に1人が新型コロナウイルスを原因に挙げている。この「146万人」という数字は、日本の生産年齢人口の2%、在留外国人数の53%に当たる数だ。

功利主義から距離を置いたインクルージョン思想の重要性

功利主義から距離を置いたインクルージョン思想の重要性

消費者を相手にする企業は「女性や性的マイノリティの活用をすべきだ」と言われる。その理由は、商品やサービスの開発において多様な発想ができるという期待があるためとみられている。

筆者はこの考え自体は否定しない。しかし、この発想は「企業や社会にとって有用であるから」という、ある種の功利主義が垣間見られる。

逆に言えば、企業や社会にとって有用でないマイノリティは、社会に包摂するプライオリティが高くないという命題を、無意識的に正当化しかねないのではないだろうか。企業や社会にとっての有用性の有無とは独立して、マイノリティを尊重すべきではないか、というのが筆者の考えだ。

先述したとおり、昨今は功利主義から距離を置いてマイノリティをインクルージョンする思想が重要となっている。その思想が欠如した社会では、ESGからDが取り残され続けるのではないだろうか。

2023年5月12日付の日経MJ新聞に、知的障害者のアート作品を専門に扱うヘラルボニー社を報じる記事が掲載された。障害者の能力を広く社会に共有するという視点でとても良い取り組みだ。ただ、ここにも功利主義が感じられないだろうか。

ICTの発達が障害者のインクルージョンのカギを握る

ICTの発達が障害者のインクルージョンのカギを握る

前述のFTの記事で、キャロライン・ケーシー氏はこうも語っている。

「広告で障害者を見たことも、ビジネスで障害者を見たこともありませんでした」

彼女は、4年前にダボスで「Valuable 500キャンペーン」を開始した。障害者インクルージョンの賛同者には、500人のグローバル最高経営責任者らがいるようだ。アップル、グーグル、マイクロソフトなどだ。

しかし、この500人が経営する企業でさえ、投資家向け報告書の中に障害者のインクルージョンについての取り組みが含まれているのはわずか22%のようだ。(ほとんどの大企業が人種や性別に関する業績を報告しているにもかかわらず)

人口に占める障害者の比率は、性的マイノリティの比率よりもおそらく高いのではないだろうか。しかし、インクルージョンにおいて障害者が劣後しているというのが、ケーシー氏の主張だ。

障害者がロボット「OriHime」を通じて、カフェで接客をするニュースを見た読者もいるかもしれない。こうした取り組みも踏まえて、障害者のインクルージョンのカギはICTの発達にあると筆者は考えている。

まとめ:外部化された問題を内部化する時代へ

ESGとは、突き詰めていえば、「先進国の社会や企業が、自らの都合で外部化してきた様々な問題を改めて内部化する運動」だと筆者は考えている。CO2含めた公害や環境汚染、ローコストのための児童労働や強制労働などなど。

パラリンピアン以外、広告で障害者を見かけることはあまり多くはない。我々の視界から外部化されている側面は否定できない。ESG推進がさらに広がることで、Dの尊重が我が国にも求められる時がそう遠くない時期に到来する。外部化されていたDが内部化されるのだ。

現時点で企業が発信するSNSには写真があふれているが、視覚障害者はその写真を理解できない。彼らが理解可能な代替テキストが必要となるかもしれない。企業は、管理職や人事部に対し、障害者への偏見脱却トレーニングを行うことが必要になるかもしれない。

我々は、都合よく外部化してきたすべてを、内部化するプロセスの始まりにいるのだ。

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