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PEファンドの底力⑤ ポラリス・キャピタル・グループによるトキコ・システムソリューションズの事例から
本連載第5回は、ポラリス・キャピタル・グループ(以下、「ポラリス」)のパートナー投資グループ共同管掌である山田純平氏にお話を伺った。
話し手
ポラリス・キャピタル・グループ株式会社
パートナー 投資グループ共同管掌
山田 純平
早稲田大学商学部卒業
株式会社レコフにて、総合電機、電子部品、電子材料、精密機器メーカー等のエレクトロニクス/テクノロジーセクターを中心としたM&A戦略立案/案件創出から実行支援を含むアドバイザリー業務を手掛ける。また、バイアウトファンド、不動産ファンドによるM&A案件にも関与。2007年4月ポラリス参画。2016年7月よりパートナー。投資委員会委員。現在は、株式会社BAKE、FCNT株式会社/ジャパン・イーエム・ソリューションズ株式会社、株式会社オーネット、i-PRO株式会社、ジオテクノロジーズ株式会社及び株式会社エクラシアHDへの投資を担当。
ビジネスモデル・イノベーションを通じて、大企業ノンコア事業の成長機会を見出す
Q:まずはトキコ・システムソリューションズ(以下、トキコ)に出資することになった経緯をお聞かせください。
当時トキコの親会社であった日立Astemo (旧日立オートモティブシステムズ) は、自動車の電動化や自動運転技術を通じて「先進車両制御システム」の実現を目指す全社戦略の方向性の中で、トキコをノンコア事業として位置づけ、カーブアウトに踏み切りました。
当社はそのカーブアウトのプロセスに参加してトキコへの投資を検討しました。その検討課程で、当社として過去の子会社や事業のスタンドアローン化を支援したこと、また企業価値向上を実現した経験があること、そうした独自のノウハウやリソースを活用しながらトキコの強みを伸ばすことで、トキコは飛躍的成長を実現できると確信したため、出資に至りました。
Q:日立Astemoがノンコアと位置付けたように、ガソリン車自体がマーケットから逆風を受ける中でガソリンスタンド向け事業を主力とするトキコをどのように評価されたのでしょうか?
確かに、電動車の普及によってガソリンスタンドが将来的には縮小することは予測していました。そのため、トキコの主要事業であるガソリンスタンドの動向については投資検討時に入念に調査しました。その調査の結果、当面はガソリン車の台数は変わらないこと、そしてガソリンスタンドの老朽化を受けた修繕や、小規模スタンドを大規模スタンドへ集約・新設する動きがあることで、投資期間中は一定程度市場が維持される見通しが立ちました。それらを踏まえて、投資期間中にビジネスモデル・イノベーションを通じてガソリンスタンド事業への依存から脱却することで、ガソリン車の動向に左右されづらい安定した事業モデルを構築できると判断しました。
成長領域へのリソース投下。バリューアップをもたらしたのは、非効率なオペレーションの改善
Q:次に貴社が行ったバリューアップ手法について伺います。まず、投資時にトキコに感じた「成長性」や「強み」はどのあたりでしょうか?
当社が考えるトキコの強みは、以下の4点でした。
- 販売・施工で顧客基盤を広げ、アフターサービスで利益を回収する一気通貫の高収益ビジネスモデル
- 許認可等が必要で参入障壁が高い安全・危険物領域における実績、 技術・ノウハウの蓄積
- 分散する顧客層に対し、材料・製品等を標準化し効率的に展開できるケイパビリティ
- 計量器に加え、競合他社が有さない計装機器に関するケイパビリティも有しており、各領域の技術者が連携した付加価値の高い製品提案が可能
これらをレバレッジし、日立グループのしがらみからの脱却、リソースを集中投下すべき成長領域を特定する。そのうえでメリハリのある成長戦略を通じて、従来の給油施設に依存したビジネスから脱却する。そうすることで、川上から川下まで、トータルでエネルギーインフラのサポートをグローバルに展開する企業へと転換を図り、高成長を実現できると考えました。
Q:逆に、投資直後にトキコに感じた課題があればお聞かせください。
当社が感じたトキコの課題としては、以下の3点でした。
- 将来的なガソリン車から新エネルギー車への代替に伴う、中長期的なガソリンスタンド市場縮小トレンドへの対応
- 海外事業の展開が競合他社に比し劣後していること
- 顧客が業種・規模・地域的に多様に分散しており、それらに対するオペレーションが非効率化していること
これらに対する打ち手として、ビジネスモデルの転換に向けた新領域でのリソース投下、収益力強化のためのオペレーション効率化、ガバナンス・経営体制の強化といった施策に取り組んできました。
Q:トキコの強みを伸ばしつつ、課題を改善していくということですね。それでは水素事業といったトキコの成長事業をどのように伸ばしていかれたのでしょうか?
成長領域を特定した上でリソースを集中投下することで事業を伸ばしてきました。具体的には、水素等の新エネルギー事業では、計量機販売のみならず、施行・メンテナンスまで含めたワンストップでの価値提供により営業を強化しました。また、製品開発力や提案力強化につながる水素製品の試験、そして開発センターにかかわる大型投資をポラリスの資金を活用し断行しました。
そのほか、危険物施設以外の事業領域拡大をねらい、BCP(Business Continue Plan)を切り口にした非常用発電の工事受注獲得に注力しました。また、海外事業においては注力すべき国・地域を特定したうえで、代理店ネットワークの拡充を通じた現地営業力強化とプレゼンスの確立を図りました。
「自分事」として徹底的に顧客に寄り添う
Q:一般的に“ファンド”というとネガティブなイメージをもってしまう方もいるかと思います。貴社は、トキコの経営陣や従業員とはどのような関係性を築かれていったのでしょうか?
ポラリスは「ハンズオン」での経営支援を掲げています。ポラリスのメンバーは現場に足しげく通い、トキコの重要会議体への陪席や助言、独立企業として必要な経営体制の整備、業績・計数管理、資金調達に必要な枠組みなどについてサポートしてきました。加えて、「100日プラン」を通じて、投資実行直後に策定した成長施策の着実な実行に向けて、施策ごとにワーキンググループ・利益目標を設定し、毎週会議体を設営しました。ポラリスのメンバーも参加し、課題抽出や打ち手の策定を経営レベルでスピーディに行うモニタリングサイクルを確立しました。
投資直後にポラリスのメンバーがトキコの従業員に必ずしも受け入れられてきたわけではありません。ポラリスのメンバーを突如参入してきた部外者として、距離を置いたり、冷ややかな目で見たりされた方々もいらしたと思います。その様な方々に対して、ポラリスとしてはハンズオンのスタンスを貫き、マネジメントから現場レベルの社員まで徹底的に会話し向き合い、時には反発しあいながらもトキコの成長にコミットしました。ポラリスメンバー一人ひとりが「自分事」ととらえて、トキコに寄り添いながらバリューアップを行うことで、トキコの従業員の胸襟を少しずつ開いていき、最終的に一枚岩になれたと感じています。
岩谷産業傘下での今後の期待とは
Q:2022年4月に岩谷産業㈱に譲渡されていますが、譲渡先を岩谷産業㈱とした理由をお聞かせください。
当社は譲渡先を選定する際は、トキコと譲渡先とのシナジーをいかに最大化し、今後の更なる成長を実現できるかを第一に考えました。そのうえで企業風土のケミストリーなどにも配慮して模索しました。
岩谷産業様は、脱炭素社会の実現に向けて水素関連事業を注力領域と位置付けていました。そこで、トキコが持つ計量機や計装機器の開発・製造の技術、そしてエネルギーステーションの設計・施工・メンテナンスのノウハウが、岩谷産業様の水素サプライチェーンの強化に寄与するとご判断いただきました。また、両社の連携によるエンジニアリングでの協業、そして人材・技術の共有、新規市場開拓、国内外の事業拠点の相互活用等、様々なシナジー効果も期待でき、今後危険物にかかわるトータルソリューション企業としての一層の価値向上が見込まれるという評価もしていただきました。
また、譲渡先の検討に当たり、トキコの経営陣と従業員に配慮したポイントとして最も大きいのは、今後トキコの独立性がいかに担保され、社名を含め企業文化を維持しながら更なる成長を目指せるかという点です。岩谷産業様には譲渡検討時からその点に配慮する姿勢を見せていただき、また両社は同じエネルギー・マネジメント会社でもトキコは流体、岩谷産業様は気体のプロフェッショナルという事で事業領域のすみ分けができており、事業運営上も一定の独立性を確保できると判断しました。
Q:新株主の下での成長機会を、元株主としてどのようにお考えでしょうか?
今後トキコは岩谷産業様とのシナジーを発揮し、さらに成長していくと考えています。先述の通り、トキコは流体、岩谷産業様は気体とそれぞれ異なる領域で強みを持っており、相互補完できる関係にあると思います。
具体的には、岩谷産業様の全国ネットワークを使ったトキコの事業領域における新規開拓や、岩谷産業様の成長戦略の目玉である水素事業のバリューチェーンにおいて「作る・運ぶ」領域を担う岩谷産業様と、「計る・供給する」領域を担うトキコが組むことにより、シームレスな価値提供を実現できる点が大きいと思います。今後社会におけるESG意識が高まる中で、水素市場への注目、需要は一層強くなることが予想されるため、トキコが水素業界のパイオニアとして大きな成長をすることを期待しています。
ポテンシャルと同時に制約・しがらみをもつ企業の第二創業・非連続的成長を支える
Q:本日は色々とお聞かせいただきありがとうございます。最後に山田様が考えるPEファンドの役割・責務についてお聞かせください。
PEファンドの役割は、本来高い成長ポテンシャルを秘めているにもかかわらず、何かしらの制約(しがらみ)により成長が実現できていない企業に対して、独自のノウハウやリソース、ネットワークを提供することで、その企業の第二創業と非連続的成長を実現することにあると考えています。
今回のトキコは日立グループにとってノンコア領域だったがゆえの様々な制約から解き放つことで企業価値向上を実現できました。トキコのような大企業から独立した子会社や事業以外にも、事業承継を課題として抱えるオーナー企業や、アクティビスト対策等の資本政策に苦しむ上場企業もファンドの支援の対象と考えています。
今後も当社としてはその様なポテンシャルと課題を抱える企業と二人三脚で企業価値向上に取り組み、グローバル市場で闘えるよう支援することで、日本の産業と市場を盛り上げて、さらに魅力的なものにしていきたいと思っています。
あとがき
今回お話しいただいた案件は、大手企業からのカーブアウト案件を強みとするポラリス・キャピタル・グループのまさに実力が発揮されたプロジェクトだったのではないか。2004年の設立以来、約18年間で40件以上の投資実績を積み重ねてきた歴史は、まさに日本のプライベートエクイティが社会に認知される存在となった歴史でもある。
役職員からすると、親会社が投資ファンドに変わるというのは、まさに驚天動地だ。そのような環境下でも、ポラリスのプロジェクトメンバーはその人間力ですぐに会社に溶け込み一体感を醸成しながらも、時には厳しい議論も交わして信頼感を得たと聞く。
まさにポラリスは、会社にとっての「道しるべ」の役割を果たしたのではないだろうか。
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