読了目安:6分
日本の“夜”に必要なのは「2回転目」 ナイトタイムエコノミーを復活させよう
コロナ禍で人々の生活は変わった。遅くまで繁華街で飲み歩かず、家飲みが増えている。そんな道徳的習慣を疑いなく受け入れていいのだろうか。都市部の生産性を上げるには、都市の土地や建物を休ませないことが必要だ。コロナ禍以前に真剣に議論されていたナイトタイムエコノミーを改めて復活させることを検討すべきではないだろうか。
ナイトタイムエコノミー(NTE)とは
「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」が国土交通省の観光庁観光資源課から発表されたのは2019年3月だった。コロナ禍が始まるちょうど1年前だ。
このナレッジ集は、コロナ禍以後の経済回復に対して示唆に富んでいる。日本、特に東京など地価の高い場所では、生産性上昇の重要な処方箋は土地や建物を休ませない事だ、としている。
ナイトタイムエコノミー(NTE)とは、「午後6時から翌日午前6時までの活動」を指す。夜ならではの消費活動や魅力創出をすることで、経済効果を高めることが可能となるという。
NTEは宿泊、飲食、体験消費、交通など幅広い波及効果を持つ。事業者側は、「夜間」という新たな時間市場が開拓できる。これは訪日外国人向けだけの施策ではない。
以下の数字はコロナ以前のものだが、ロンドンやニューヨークでのNTE推進効果は大きい。NTEの経済規模はロンドンで約3.7兆円、ニューヨークで約2.1兆円だ。
2回転目がない現在の日本の夜
仕事柄、レストランチェーンの役職員と会話する事が多い。彼らによると、コロナ禍が一段落して客足は戻っている。しかし、コロナ禍以前と比較して、売上は減少したままだという。
ディナーの場合、午後6~7時から1回転目のお客様が入り、午後9時前後に退店。コロナ禍以前であれば、ここから2回転目のお客様が入った。しかし今、2回転目はない。
お客様の2回転目があろうとなかろうと、レストラン側が支払う家賃は変わらない。生産性アップのためには、2回転目のお客様、つまりNTEの強化が必須なのだ。
旧知のレストランチェーンの役員が先日、イタリアに出張した。彼によると、午後10時以降の遅い時間までレストランが混雑していた。もちろんマスク着用はない。
イタリアなど欧州の一部では、ディナーのスタートがもともと午後8時ぐらいと遅めだ。それでも日本と異なり、イタリアの“夜”は戻っているようだ。
懺悔しがちな日本の有識者
振り返ると、平成になってからの日本の有識者は、大きな外生的なショックが発生する度、懺悔(ざんげ)し、道徳的な将来を喧伝してきた。
バブルが崩壊した時、「今までの経済一辺倒ではなく、これからは心の時代だ」という言説があふれた。リーマン・ショック後も同様だった。
リーマン・ショック後は、発信源だったアメリカの資本主義への批判や懐疑が広がり、その限界が論じられた。しかし、世界経済は日本経済を置き去りにして高成長を続けた。
懺悔し、道徳的な未来を論じた日本は取り残された。日本の一部の有識者の懐疑を横目に、アメリカや中国の経済成長は続いた。いまもなお、我々の“失われた時間”は続いている。
今回のコロナ禍でも同様ではないだろうか。有識者だけでなく、外食産業の経営者にも「コロナ禍以前にはもう戻らない」と公言する人もいる。
欧米の多くの国では、すでにコロナ禍以前を取り戻して生活をエンジョイし始めている。日本で受け入れられてきた末法思想、厭世的態度はそろそろ止めるべきではなかろうか。
ナイトタイムエコノミー視点なしでは経済効果が限定的
宿泊や飲食に対する政府の補助が始まった。旅行業や飲食業に刺激を与えるという観点から、これらの施策は正しい。入国者の受け入れも増加するだろう。
ただし、宿泊や飲食など多くのサービス産業は、同時性や排他性の問題を抱えている。(『宅配がなくなる日: 同時性解消の社会論』2017年 日本経済新聞出版社)
客室10室のホテルで、11組目は宿泊できない。客席10席のラーメン屋で11人目の客は入れない。時間や曜日によって客の入りは異なる。従業員の数も限られている。
この視点を、政策に付加するべきだ。午後7~9時のゴールデンタイムに補助をしても、消費者は人気レストランに入れない。事業者側も売り上げを伸ばすことができないのだ。
開始された経済振興策にナイトタイムエコノミーの視点を
NTEの消費刺激策が一つのアイデアだ。たとえば、シンプルな飲食補助ではなく「午後9時以降」や「午前0時以降」の補助割合を大きくする。宿泊も平日補助を多くし、休日の宿泊客殺到を避ける。
多忙な富裕層は休日しか観光地に行けない。休日の観光地の宿泊は、コロナ禍以前よりも大幅に値上げすることも一案だろう。これは、イールドマネジメントとして有効だ。
今はコロナ禍からの回復期であり、夜に出歩くことがまだためらわれている。同調圧力の一種だろう。こういう時こそ、政府の出番だ。NTEを復活させる施策が求められる。
消費の担い手は個人だけではない。企業も重要な消費の担い手だ。NTEの視点から、企業が交際費などを使って消費を拡大するインセンティブを作っても良い。
筆者は2020年7月27日、『「不要不急」削減された交際費の研究』を配信した。企業の交際費は、ピークの1992年比で2兆円も減少した状態だ。
ナイトタイムエコノミーを恐れず議論しよう
最近、テーブルチェック社の資料を見る限り、人流とコロナ感染の連動性はほぼないというニュースも流れた。過去の人流政策の是非はもういい。過去ではなく未来を見よう。
人々が弱気の時、呼び水として経済を刺激するのが政府の役割だ。単純な刺激策も良いが、NTEという視点を政策に取り入れてはいかがだろうか。
有識者や経済人も、未来、人間、社会にもう少し楽観的になってもよいのではないだろうか。
コメントが送信されました。