読了目安:9分
驚きの経営統合報道を振り返る ~ ホンダ・日産、日立・三菱重工、東京エレクトロン・AMAT、サントリー・キリンなど
当面の間、自動車産業に関する議論が沸騰することになりそうです。振り返ってみると、過去にも新聞の1面を華々しく飾った経営統合を伝える報道がありました。今回は、連載一般相対性理論の最終回を先送りし、それらに関して簡単に振り返ります。
統合で飛躍した産業:鉄鋼・商業銀行
企業の統合が好ましい結果につながるかどうかは誰にもわかりません。しかし、鉄鋼産業と商業銀行産業で各社が進めた統合が正しい判断だったことに同意する人は大半にのぼるでしょう。
直近2024年3月期は、鉄鋼3社合計で営業利益1.2兆円(日本製鉄、JFEホールディングス)。商業銀行3社合計で業務純益4.4兆円となっています(三井住友、三菱UFJ、みずほのそれぞれフィナンシャルグループ)。
もし統合などを行わず20年前と同じ企業数(≒産業寡占度合い)だったとしたら、各社はこの水準の利益を達成できたでしょうか?(JFEスチールの初代社長を務めた數土文夫氏は、企業統合に関して貴重な記述を残しておられます。文字制約から次回の本欄にて紹介します。)
統合で飛躍した企業:ルネサスエレクトロニクス
ハイテク産業をみると、NEC、日立製作所、三菱電機の半導体事業を承継しているルネサスエレクトロニクスは、2010年の発足後、極めて厳しい状況に置かれていました(2013年3月期までの5年間の累計損失5,000億円超)。しかし、作田久男CEOの就任(2013年6月)を機に、業績は好転。直近2023年12月期においては、売上高1.4兆円、営業利益3,900億円とすばらしい業績を残しています。
統合を見送った企業:東京エレクトロンとApplied Materials(AMAT)
この2社が経営統合の合意を公表したのは2013年9月。当時の産業1位と3位の国境を越えた統合でした。両社ともに困難な状況になく、私はとても驚きましたし、おそらく誰も予想していなかったと思います。対等の精神による統合のために新会社の本社はオランダに置くとされ、新会社の社名まで決まっていましたが、司法省の承認得られず、実現しませんでした(協議中止の公表は2015年4月で、おそらく10億円単位の費用がかかったはずです)。
東京エレクトロン(2013年3月期と2024年3月期)とAMAT(2013年10月期と2024年10月期)の営業利益の比較です(数値は丸めています、以下同じ)。
東京エレクトロン 120億円 → 4,500億円
Applied Materials 8億ドル → 79億ドル
この数値が示すように、両社ともに劇的な発展を遂げました。半導体製造装置の技術的難易度は高く、上位4社(ASML、Applied Materials、ラムリサーチ、東京エレクトロン)の産業支配力は強く、高い収益性を誇ります。経営統合することなく、強い地位を築いたと言えます。統合していたらさらに強大な企業になったかもしれませんし、例えば企業文化の違いで衝突していた可能性もあります。こればかりは誰にもわかりません。
統合を見送った企業:キリンとサントリー
キリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合が日本経済新聞の1面を飾ったのは、2009年7月13日のことでした。そのおよそ半年後の2010年2月、2社の統合見送りが公表されました。詳細は不明ですが、サントリーの佐治信忠社長(当時)は「最終的な統合比率で合意にいたらなかった」と発言しています。
その後、サントリーは2014年に米国のウイスキー企業ビームを1.6兆円で買収するなど(筆者は飲料業界の門外漢ですが、同買収は大成功だったと認識されているようです)、積極的に業績を拡大させる策をとりました。
キリン(2009年12月期と2023年12月期)とサントリー(2009年12月期と2023年12月期)の営業利益の比較です。
キリン 1,300億円 → 1,500億円
サントリー 800億円 → 3,200億円
統合を見送った?企業:日立製作所と三菱重工
2011年8月4日の日本経済新聞1面を飾ったのは、「日立製作所と三菱重工業が経営統合で基本合意、2013年春に新会社を設立、両社の社会インフラ事業を統合する」との報道でした。しかしながら、この報道に関しては両社が即座に「合意した事実がない」と否定しました。
その報道前、リーマンショックの影響は大きく、日立製作所の業績は悪化していました(2010年3月期の最終損益は1,000億円超の赤字)。上記報道がされたのは、グループ会社日立マクセル(当時)の会長に就任していた川村隆氏が日立製作所代表執行役会長兼執行役社長に就任し(2009年)、大胆な改革に取り組み始めた時期でした。
下記は、2011年3月期と直近2024年3月期の営業利益の比較です。統合が検討されていたのかどうかは不明ですが、統合の選択肢を捨てた(もしくはそもそもなかった)ことで危機感、実行力が生まれたのかもしれません。川村氏の改革については同氏の著作『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』に詳しく記されています。
日立製作所 4,400億円 → 7,700億円
三菱重工業 1,000億円 → 2,800億円
統合しても苦境が続く企業も
ジャパンディスプレイ(JDI)は、ソニー、豊田自動織機、エプソン、三洋電機、東芝、パナソニック、日立製作所、キヤノンの事業を承継しており、まさに日本連合軍です。しかし、同社の最終損益はなんと過去10期連続の赤字。その赤字額は合計で6,500億円にも上ります。今期も400億円近い赤字計画であり、11期連続赤字が濃厚です。
ただ、ディスプレイ産業は産業としての収益性が極めて低く、個別企業の経営の巧拙を超えて産業の問題とも言えるかもしれません。
また、半導体分野では、NEC、日立製作所、三菱電機の半導体事業(のうちのメモリー事業)を承継したエルピーダが、2012年に破綻しました(現在は米国Micron社の日本拠点となっています)。
正解は誰にもわからないが「占有率=力」であることは確実
一般的にいえば、産業利益率と産業寡占度は比例すると思われます(でなければ独占禁止法は不要でしょう)。規模が大きければ、上流・下流への発言力は強くなりますし、水平(同業)に対しても開発費や設備投資など規模の経済が働くことでしょう。
一方で、異なる歴史を持った企業が統合することは、極めて負担が大きいことも間違いありません。研究開発(研究開発の整流)、製造(工場の統廃合、生産手法の統廃合など)、販売(品種の統廃合など)、間接(人事制度の一本化など)、文化(哲学、社風のお互いの尊重など)……想像するだけでめまいがします。
同時に、鉄鋼産業、銀行産業の実績にみるように、苦労が大きいだけに機能した場合の効果も絶大です。逆に、その選択肢を捨てたことで生まれた危機感が企業を強くするケースもあるでしょう(東京エレクトロンなど)。
経営統合がまさに社の運命を変えうる大きな決断であることは、論をまちません。
当社池田勝敏の連載『EVへの移行とエンジン部品の今』は、内燃機関→電気自動車による影響を考察したものですが、今回のホンダ―日産自動車の経営統合の検討開始は、自動車部品産業の変化を加速させるかもしれません。同連載はこれからも続きますのでご期待ください。
追記:
自らに降りかかる危険を顧みることなく民主活動に取り組む、香港出身の民主活動家・周庭さん。親日で日本語も堪能な同氏はXに以下の投稿をしました。
「NISSANとHONDAが合併したら『NIHON』になるのかな」
ネット上では「座布団1枚」の声が聞かれました。統合工程においては、関係者にしかわからない苦難があるだろうと推察しますが、ときにこのようなユーモアで乗り切っていただきたいと祈願いたします。
コメントが送信されました。