カウンター・インテリジェンス 産学に求められる、経済安全保障対策

経済安全保障に関する議論が熱を帯びている。2019年に外為法が改正され、外資が国内の指定企業の株式を持ち株比率で1%以上取得する場合は事前に届け出が必要となったのはその一例だ。政府は2020年4月、国家安全保障局に「経済班」を新設し、軍事転用可能な機微技術の流出防止等、経済安全保障政策を進めているが、日本企業に死角はないのか。

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「カウンター・インテリジェンス」とは

防諜活動イメージ

カウンター・インテリジェンスは、防諜活動(スパイを防ぐ活動)を意味する。この記事では、企業にとって外国からの敵意ある情報活動に備え、軍事転用可能な情報の流出を防ぐ考え方を指す。

これまで経済における安全保障とは、外資による対内直接投資の規制と、貿易管理を指すことが主だった。
貿易管理とは、大量破壊兵器とその運搬手段、通常兵器に転用できる製品・技術を対象に、政令で定める国・地域への輸出を許可制にする輸出管理政策である。

それが、経済のグローバリゼーションが進んだ今、従来の貿易管理に加え、知的財産、AIなど軍事転用できるかどうかの判断がしにくい新興技術や、機微技術、営業秘密の流出防止にも焦点が当たってきている。
背景には、日本の同盟国・米国と、軍民融合を掲げる中国間の「新冷戦」と形容される対立がある。

技術流出、深刻に「産学連携」に死角

図表

政府の産業構造審議会通商・貿易分科会は「大学や中小企業等における技術流出は深刻な状況」にあると指摘、「機微技術が流出することがないよう、大学や中小企業等において適切な輸出管理体制を構築することは不可欠」と経済安全保障上の対応を求めている(注1)。

防衛産業に関わる企業であれば、貿易管理は非常に馴染み深いが、大学や研究機関ではどうか。企業は大学と年々、産学連携を深め、新技術の研究・開発、知的財産の公開・取得をしている。産学連携事業の中には新興技術や機微技術を扱うものもあるはずだが、現在の経済安全保障環境を考えると、産学連携に死角があるのではないだろうか。

文部科学省が2018年にまとめた調査によると、大学等研究機関と民間企業との共同研究実施件数は毎年平均して約1,900件増えており、民間企業から大学等研究機関へ支払われる研究費も、2014年度の416億円から2018年度は684億円と1.6倍になった(注2)。
今後も産学連携が進んでいくと仮定すれば、経済安全保障上のリスクとして心配になるデータがある。

脆弱な大学・研究機関の管理体制

図表

文科省は同じ調査で、大学等研究機関のリスクマネジメント体制の構築状況についてもまとめている。そのアンケート調査(791の大学・短期大学・高等専門学校・研究機関が対象)によると、2018年度において経済安全保障関係の管理体制を整備していると答えた大学等研究機関の割合は上記の図の通りだ。

安全保障貿易と営業秘密保護の管理体制を整備し、利益相反防止のポリシー・規程類も整えていると回答した大学等研究機関は、東北大学、東京大学、東京医科歯科大学など国公立を中心とした28機関。私立大学については、上記の三項目に関する体制整備をすべて整えている大学は極めて少なく、上記28機関の中にいわゆる「有名私立大学」と目される名前はなかった。

管理体制の未整備は当然のことながら、経済安全保障上の脆弱性・リスクである。また大学等研究機関にとっては、産学連携を図るにあたっての障害となりうる。
研究成果が悪意をもった外国勢力に窃取されるリスクがあるとみなされれば、産学連携を検討する民間企業は、その大学との共同研究に二の足を踏むだろう。
逆もまたしかりで、管理体制を整えている大学等研究機関は、たとえ資金力のある民間企業であっても管理体制に脆弱性をはらんでいたら、その企業と連携事業を進めることに躊躇するのではないか。

輸出管理の対象が、拡大へ

景色イメージ

後半は、具体的なリスクと対応策を考えてみたい。
安全保障貿易管理、つまり輸出管理については従来、ワッセナー・アレンジメント等4つの国際輸出管理レジーム(注3)で合意された貨物・技術に限って輸出管理する体制をとっている。輸出が規制される貨物・技術の詳細は外為法の政省令で定められたリスト規制の品目がある。リスト規制以外での品目でも、大量破壊兵器や通常兵器に転用可能な懸念がある貨物・技術も輸出管理の対象となり、これを「キャッチオール規制」(補完的輸出規制)という。

今後、国の経済安全保障政策が強化されれば、輸出管理の対象貨物・技術がさらに広がる可能性がある。例えば、米国ではバイオテクノロジー、AI・機械学習、先進コンピューティング、量子情報・量子センシング技術等の新興技術の輸出管理が検討されており、ドイツでは既に一般ネットワーク向けのICT監視システム、装置、部品を輸出管理対象に加えた(注4)。
日本の専門家の中には、新型コロナウイルスの世界的蔓延とそれによるマスク等の医療用物資不足の事態を受け、「汎用の検査機器、防護服やマスクのような軽工業製品、さらには消毒液や製氷水も輸出管理の対象」に加えるべきと提言する研究者もいる(注5)。

軍事転用可能性、見極めが重要に

企業と大学等研究機関に求められるのは、現在研究、開発しているどのような技術・製品が、軍事転用可能な機微技術となりえるか。安全保障上クリティカルな技術・物品であるかを見極め、海外への輸出や流出から守ることだ。
ある年には規制外だった技術・物品でも、次の年には規制対象となることもあり得る。規制対象技術・品目のアップデートとチェックを定期的に行う必要があるだろう。

研究関与者の把握

ハッカーイメージ

機微技術や規制対象になりうる技術・物品を研究対象として扱っている者、あるいはその研究に関わっている研究者、研究員(外国から派遣された者を含む)とは守秘義務契約を結び、毎年更新することも必要だ。
市場での価値が見込める特許や重要な発明、それに至る開発過程やノウハウも営業秘密として守秘義務を負わせる。守秘義務契約とそれに違反した場合の罰則条項が甘かったがために、製品情報や開発のノウハウが退職した元従業員によって海外の競合企業(コンペティター)に漏らされた、という問題は国内企業で耳にする話である。

守秘義務を負う研究員・研究者のうち、特に海外から派遣されてきた留学生については、入念なバックグラウンド調査が不可欠となる。国は、リスト規制やキャッチオール規制の品目を輸出してはいけない先として「外国ユーザーリスト」(注6)で海外の懸念先企業・組織を指定している。
仮にリストにある懸念先企業・組織に所属する人間がスパイ行為の意図をもって来日しようとする場合、自分の所属を正直に申告することはない。所属元や経歴を偽って(アンダーカバーという)申告、来日し、情報収集するはずである。

卑近な例で恐縮だが、筆者は新聞社勤務時代に米国国務省から奨学金をもらい客員研究留学をしたが、同じ奨学金制度で留学した経験のある米国人の友人は「あなたが奨学金にアプライしてから、国務省と情報機関は徹底的にあなたの経歴や記事を調べたはずだ」と語ってくれたのを覚えている。
国費で海外から研究員を招くのだからそれくらいの調査は当然だろう。その後、転職した欧米系の企業では、採用選考の際に過去10年の居住地と住所まで明らかにさせるなど、徹底したバックグラウンド調査を受けた経験がある。

制度の運用面にも課題

ザルイメージ

バックグラウンド調査に関連して、企業や大学等研究機関で機微技術や重要な研究開発に従事している研究者・研究員の利益相反関係の有無も把握しておかなければならない。企業においては兼業や兼職する役職員、大学等研究機関においては、大学教員が企業の取締役やベンチャー企業の主要株主になっている研究者・研究員もいることだろう。
そうした社外・学外の関与先企業・組織の有無を毎年、把握しておくことも技術情報や営業秘密の流出防止には有効だ。ある大学で重要な研究に携わっている研究員が、自身と利害のある企業を隠れ蓑にして、競合大学や研究機関、組織に研究成果や技術情報を漏洩することは可能だ。
先の表で示した通り、経産省と文科省の指示もあり、国内の半分以上の大学等研究機関が現在、経済安全保障貿易と営業秘密の管理体制、利益相反防止の体制づくりを急いでいる。

体制を整えている大学等研究機関もあるが、国内外の大学で研究開発の経験のある研究者は「国内において経済安全保障の体制を整えていたとしても、毎年、把握している情報をアップデートして技術情報流出のリスクをチェックするような制度の運用はほとんどなされていない」と指摘している。つまり、仏作って魂入れず、が常態なのだという。

カウンター・インテリジェンスは研究活動の「障害」ではない

機微技術と新興技術の把握とそれらへのアクセスも含めた管理、研究者・研究員のバックグラウンド調査と利益相反関係の有無の確認。これらの作業を定期的に行うことは、現場の負担になるばかりでなく、自由な研究活動とイノベーションの障害になると考える人もいるだろう。
それはナイーブ(ここでは「無警戒」「ばか正直」の意)な考えだ。無防備な体制のまま海外から研究員を招いて研究開発を続けていれば、研究成果や技術、ノウハウは懸念国にわたり、将来の大量破壊兵器や通常兵器開発に利用される危険があるだろう。流出元の企業、大学、研究機関は罰則等のペナルティーを受けるだけでなく、連携先や海外の友好国から共同研究・開発の声がかかることもないだろう。現実を見ず、情緒的な連携が将来の利益を損なう。

「おもてなし」からの脱却を

日本では7年8カ月続いた安倍政権が終わり、菅義偉内閣が発足したが、筆者は経済安全保障の強化は新内閣でも進められるとみる。米国でもトランプ大統領が二期目を迎えるのか、バイデン大統領が誕生するのか現時点では不明だ。どちらにせよ、連邦議会では超党派で中国に対峙していく姿勢を示していることから、米中対立を契機とした経済安全保障の強化は続くとみる。ナイーブな「おもてなおし精神」から脱却し、カウンター・インテリジェンス(防諜)の思想をもった研究・開発環境の整備と運用が求められていると考える。

注1 経済産業省産業構造審議会 通商・貿易分科会 安全保障貿易管理小委員会中間報告、2019年10月8日
注2 文部科学省科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課 大学技術移転推進室「平成30年度 大学等における産学連携等実施状況について」
注3 国際的な合意に基づく輸出管理にはワッセナー・アレンジメントの他、原子力供給国レジーム、オーストラリア・グループ、ミサイル技術管理レジームがある。
注4 経済産業省産業構造審議会 通商・貿易分科会 安全保障貿易管理小委員会中間報告
注5 玉井克哉 「戦略物資確保へ制度整備を」日本経済新聞 経済教室 2020年5月18日付朝刊
注6 2020年5月14日時点で、中国、北朝鮮、イランなど14カ国・地域の546社・組織が大量破壊兵器開発に関わる懸念先としてリストアップされている。

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