哲学とビジネス➀ (ジョン・スチュアート・ミルから学ぶこと)

哲学と聞くと、難しい学問のイメージがあり、実社会とは切り離された存在に感じられる。しかし、哲学は、物事の「本質」を洞察しながら、世の中の問題を解き明かすための「考え方」を見出す営みなので、実社会のビジネス上の課題解決にも役立つ学問のはずだ。今回は、イギリスの著名な哲学者であるジョン・スチュアート・ミルの考えをご紹介しながら、ビジネス界のテーマの本質を考えてみる。

シェアする
ポストする

何故、ビジネスに「哲学」が必要か

何故、ビジネスに「哲学」が必要か

冒頭に、なぜ哲学とビジネスをテーマとして取り上げたかということについて述べる。

近年、企業が株主価値又は企業価値を最大化することが主たる企業の目的であると議論される傍らで、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、ESGといった倫理的、道徳的、社会的な側面が、企業経営において重要視されてきた。

「ガバナンス」「コンプラ」「ESG」重視は、トレンドか本質か

ガバナンス重視の最近のトレンドは、「投資家である株主の変化に、企業が対応したもの」にすぎないのであろうか?それとも、「企業は本質的に、そのような要素を重視すべき」と考えることが正しいのであろうか。

私は、この点に疑問を持ち、それを解決するためにも哲学的な側面で企業のビジネスを考えられないかと思ったのが始まりである。

なお、政治や宗教等に関する哲学の文献は多いものの、ビジネスと哲学の関係について触れた書籍は、私の知る限りそれほど多く出版されてはいないように思える。

よって、これからは、著名な哲学者の考え方をベースとしつつも、私見を交えながらビジネスにおける本質的な考え方について述べていく。

なぜジョン・スチュアート・ミルか?

なぜジョン・スチュアート・ミルか?

次に、なぜ、多数いる哲学者の中でジョン・スチュアート・ミル(1806-73)(以下「J.S.ミル」という)を初回のテーマに選んだのか。これに対して、私は、恥ずかしながら明確な答えを持っていない。

西洋哲学は、ソクラテス、プラトンの時代から始まって、それが論理学や宗教学、自然科学にも発展しながら、先人の理論に対する反駁と論争の中で進化してきている。

そのような中、古代ギリシャの時代の議論を現在の企業の議論に結び付けて考えることは容易でなく、比較的ここ数百年の歴史の中で著名な哲学者の一人としてJ.S.ミルを選択したものだ。これについては、この程度でご容赦いただきたい。

なお、私の根気が続く限り、他の哲学者についてもシリーズで取り上げていければと思っている。

多彩なJ.S.ミルの経歴

多彩なJ.S.ミルの経歴

J.S.ミルは、19世紀のイギリスの著名な哲学者であり、思想家・経済学者としても幅広い活躍をした。

J.S.ミルは、高名な思想家である父ジェームズ・ミルより幼時から個人教育を受け、学校に通うことなく、14才までに論理学や経済学の初歩を学んだ。

哲学者と言っても、生涯を通じて学者として大学等に勤務したことはなく、東インド会社に勤務するかたわら、哲学、経済学、政治論で頭角を現し、『自由論』『経済学原理』『論理学体系』等の名著を記した。

なお、1860年代には、労働運動のリーダーとして下院議員に当選し、政治家としても活動しており、極めて多才な人物である。

言論の自由とコーポレートガナンス

言論の自由とコーポレートガナンス

J.S.ミルは、著書「自由論」の中で、言論の自由の重要性を説いている。

J.S.ミルの生きた19世紀においては、宗教戦争や政治闘争が未だ活発化している時代であり、様々な権力者が、国民や少数勢力等を迫害する事象が発生していた。

このような中で、J.S.ミルは、物事の真理は自由な論争と反駁等に晒された上で初めて明確化される旨を述べている。

「反論のあらゆる機会があったのに反駁されていない意見だから、その意見を真理と想定するということと、反駁を許さないという目的のために意見が真理だと想定することの間には、この上なく大きな違いがある。」

「われわれの意見に向かって論駁し反証する完全な自由こそ、行動を起こす目的のためにその意見を真理だと想定するのを正当化する条件なのである。」

「人間は、討論と経験によって、自分の誤りを正すことができる。経験によってだけではない。経験をどう解釈したらよいかを示すための討論もなければならない。」

社外取を交えた活発な議論を

上場会社については、2021年のコーポレートガバナンス・コードの改定により、社外取締役の人数を増やすことが必要となっている。取締役会でより活発な議論が行われることが期待されている。

その前提として、企業においては、自由で活発な議論が行われなければならない。

企業は、取締役会において社外取締役等による批判的な意見に対処する中で、是正すべきところは是正しながら、より正しい経営判断をしていくのである。

このことは、J.S.ミルの述べる言論の自由と議論の必要性の点からも明らかだ。

そして、J.S.ミルは、そのような議論をするにあたって、多様なタイプの人が課題に対して述べることに耳を傾けることの重要性も説いている。

「人間が問題全体の認識に少しでも近づいていける唯一の方法」について、

「多様な意見を持つ人々がその問題について語ることのできる全てに耳を傾け、また、あらゆるタイプの知性がその問題を注視する仕方をことごとく学ぶことである。」

と述べている。

昨今は、できるだけ多様な専門性のある社外取締役に就任頂き、そのようなメンバーによって充実した議論がなされるべきであると言われている。このような多様性の視点は、J.S.ミルの前記の言葉にも現れている。

「悪魔の代弁者」の重要性

「悪魔の代弁者」の重要性

加えて、J.S.ミルは、議論を活性化させ真理を確認するためには、「悪魔の代弁者」の存在が重要と述べている。

ここでいう「悪魔の代弁者」とは、カトリック教会において、列聖や列福(信心深い信者に聖人や福者の地位を与えること)の審議に際し、あえて候補者の欠点を指摘する役割のことを指す。

この「悪魔の代弁者」が、列聖や列福の候補者の欠点をあえて指摘する。それを聖職者が論破する、というプロセスを繰り返すことで、その信者は客観的かつ公正に選ばれていったのだ。

「重要な真理の場合はすべて、論敵がいないときは、論敵を思い浮かべた上で、最も熟達した悪魔の代弁者が呼び出すことのできる最強の議論をその論敵に与えることが、必要不可欠となる。」

社外取締役が取締役会を変える

取締役会において、「悪魔の代弁者」になりうる存在がまさに社外取締役であろう。社外取締役は、取締役会に上程された議案の妥当性を理解していても、あえて、当該議案の欠点となりうる事項を質問し、意見を述べることによって、当該議案の欠点が是正され、より良い経営判断に繋がるのである。

このことこそ、コーポレートガバナンス・コードが目指す本来の姿に他ならない。

各社外取締役は実際、事前説明の場で意見を述べるだけで、取締役会において意見や質問をしない場合が多い。しかし、以上のような見地から、他の社外取締役(又は社外監査役)もいる取締役会の議場で、改めて質問や意見を述べることが重要である。

これは、他の社外取締役の意見を聞いた上で、更にその議論を深めるような意見を社外取締役が述べるケースも少なくなく、議論の活性化の重要な要素となるからである。

▽参考記事はコチラ
「経営論点主義の弊害」を防げ コーポレートガバナンス強化のための取締役会運営の改善策

禁ずべき隠蔽と威迫

なお、J.S.ミルは、このような言論の自由が保障された議論が成立する前提として、禁ずべき二つの行為について述べている。

一つ目は、事実や論点の隠ぺいやはぐらかしであり、二つ目は、特に、権力者による弱小の少数派に対する威迫的な攻撃である。

「特に最悪なのは、詭弁を使うこと、事実や論点を隠蔽すること、議論の要点をはぐらかすこと、あるいは、自分に反対する意見を歪曲して述べることである。」

「こうした攻撃手段(誹謗中傷)を用いることの弊害は、比較的無防備な人に用いられるときに最大化する。」

前者について言えば、取締役会において、社外取締役に対する情報開示等は積極的に行い、また論点の内容についても分かりやすく説明することの重要性を意味する。

社内の経営会議等で出た議論についても社外取締役等に事前に開示することにより、より社外取締役が議論しやすい環境の整備が可能となる。

後者の場合は、取締役会というよりも社内の各種会議(経営会議他)で重要となる点だ。上位役職にある者が、下位役職の社員の異論に対し攻撃的な言動(誹謗中傷他)を行うことは、議案を提出した上位役職者に対して反対意見を言うことを委縮するような環境になってしまうため、このような攻撃的な言動をしてはならない。

データ解析に活用可能 帰納の五つのカノン

J.S.ミルは、哲学者でもあり論理学者でもあり、その書籍「論理学体系」において、「帰納の五つのカノン」と呼ばれる考え方を記述している。

ここでいう、帰納法とは、「複数の物事や事例をならべ、これらの事象に共通する情報・ルールを抽出し、共通項を統合して結論を得る」という考え方である。これらは、ビジネスのデータ解析に活用できるので、ご紹介したい。

J.S.ミルは、以下に述べる通り、➀一致法、②差異法、③一致差異併用法、④剰余法、⑤共変法の五種類の帰納法適用の考え方を示した。

➀一致法

➀一致法

「検討対象の諸事例が、一つの条件だけを共有するとき、全ての事例に共通するこの唯一の条件が、与えられた現象の原因である。」という考え方である。

例えば、ある小売店で、最近売上が増加した商品が、水や長期保存ができるレトルト商品や携帯用充電器等であった。このことから「この地域の消費者が、地震等の災害を懸念して防災用の商品を購入する傾向がある」と推定することが、この一致法の適用事例である。

②差異法

「ある事象が起こっている事例と起こっていない事例において、前者だけに含まれる条件が一つあって、それ以外のすべてが両者に共通しているならば、その一つの条件が両者の差の原因である。」という考え方である。

チェーン展開しているスーパーマーケットにおいて、周辺人口がいずれも同じ二つのスーパーマーケット(AとB)があり、店舗面積も駐車場面積もほぼ同じであったが、A店では優秀な店長が顧客サービスを徹底しており、B店ではそのような努力をしていなかった。そして、売上はA店がB店の1.2倍であった。このような場合に「顧客サービスの徹底」という要素が、両店舗の売上の要因になっていると推察できるが、これが差異法の適用事例である。

③一致差異併用法

「ある現象の起こっている諸事例が一つの条件のみを共有し、その現象の起こっていない諸事例がその一つの条件を欠くという以外に共通性を持たないならば、その一つの条件が、その現象の原因ないしその一部である。」という考え方である。
値下げをした外食チェーンは売上を増やしているのに対し、価格を維持している外食チェーンは売上が増えていない場合に「売上の増加の要因は、値下げ実施である」ことが推定できる。これは、一致差異併用法の適用事例である。

④剰余法

「ある現象から、それまでの推理によって特定の要因の結果であると分かっている部分を除けば、その現象の残りの部分は、未検討要因の結果である。」という考え方である。

例えば、あるアパレルチェーン店の店舗において、売上が良い店の多くは好立地のビルに位置しているか、大規模商業施設に入っているかで、いずれも通行客数が多いことが分かっていたとする。

ただ、ある一店舗は、通行客数が必ずしも多くないにもかかわらず売上が良かったとした場合があった。その要因は、「未検討事項である顧客満足度の高さによるリピート客の多さ」と推定することができる。これが、剰余法の適用事例である。

⑤共変法

「ある現象が、ある条件が変化するとき必ずそれとともに変化するなら、その現象はその条件の原因又は結果であるか、その現象と何らかの因果関係を介して結びついている。」という考え方である。

例えば、ある百貨店において、店舗面積当たりの接客店員数の人数と坪当たり売上高の関係が、回帰分析によって相関していると判断される場合には、コストアップの問題はあるものの、「接客の人数を増やすことが顧客の購買の誘因になること」が推定できる。これは、共変法の適用事例である。

このように、皆様に分かりやすくお伝えするために、比較的イメージしやすい小売店等の事例をベースに説明してきたが、ビジネスの世界においては、いろいろなデータから分析をする際に、J.S.ミルの「帰納の五つのカノン」の方法を改めて頭に入れておくと便利であろう。

「哲学」を議論の活性化、データ解析に生かす

J.S.ミルは、取締役会における議論の活性化、社外取締役の役割、ビジネスのデータ解析における帰納法等、ビジネスにおいても大変参考になる考え方を記した著作を残している。時間のある際に、参照してみることをお勧めする。

参考図書
1 J.S.ミル「論理学体系4」京都大学学術出版会 江口聡、佐々木憲介 編訳
2 J.S.ミル「自由論」岩波書店 関口正司 訳
3 J.S.ミル「ミル自伝」岩波書店 朱牟田夏雄 訳

以 上

コメントを送る

頂いたコメントは管理者のみ確認できます。表示はされませんのでご注意ください。

※メールアドレスをご記入の上送信いただいた方は、当社の利用規約およびプライバシーポリシーに同意したものとみなします。

コメントが送信されました。

関連記事