「日本製鐵がトヨタを提訴」の衝撃 業界最大手同士の大型裁判

「日本製鉄がトヨタ自動車を提訴」。2021年10月中旬に出たこのニュースを受け、鉄鋼業界に激震が走った。国内製造業の頂点に君臨するトヨタ自動車と、鉄鋼最大手の日本製鉄。長い間蜜月にあった両社が、裁判で争う事態は誰も想像していなかったからだ。

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日本製鉄の提訴内容とは

日本製鉄の提訴内容とは

日本製鉄は2021年10月14日、自社HPで、「当社無方向性電磁鋼板特許に関する訴訟の提起について」と題したリリースを公表した。

その内容は、宝山鋼鉄(中国)が、日本製鉄の無方向性電磁鋼板(以下NO)に関する特許を侵害。不法に製造したNOをトヨタに販売した。トヨタはこれを材料としたモーターを搭載した電動車を、国内で製造/販売した、というものだ。

日本製鉄 リリース

日本製鉄とトヨタの深い関係

日本製鉄とトヨタの深い関係

この問題を理解するには、トヨタと日本製鉄の深い関係。そして日本製鉄元社員による重要技術の海外流出事件について、理解する必要がある。

自動車製造に、鉄は不可欠だ。日本製鉄など高炉3各社(日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所)が作った鋼材が無ければ自動部品の大部分が作れない。特に日本製鉄とトヨタの関係は深く、両社の価格交渉が、金属製品の価格に広範囲で影響を与えてきた。

電磁鋼板は技術の固まり

自動車向けの鋼材は、軽さと丈夫さが求められる。

高い技術力が必要な自動車向け高級鋼材の製造プロセスは、ノウハウの塊である。細かな成分調整にとどまらず、工程ごとに精緻な温度管理が求められるなど、まさに「職人技」と言える。

特にモーターなどに使われる「電磁鋼板」は重要な戦略製品と位置づけられ、製造技術に関しては長年、機密事項とされてきた。

筆者も鉄鋼業界のアナリストを永く務めていたことから、国内外の製鉄所を数十回にわたって見学する機会を得た。それでも、電磁鋼板の技術はトップシークレットであるとして、かつて一度も製造ライン内に立ち入らせてもらった経験はない。

電磁鋼板技術流出事件とは 2012年にPOSCOを提訴

電磁鋼板技術流出事件とは 2012年にPOSCOを提訴

電磁鋼板に関しては2012年、方向性電磁鋼板(以下「GO」)の技術流出事件が記憶に新しい。

日本製鉄(当時新日本製鉄)が持つ製造技術を元社員が持ち出し、POSCO(韓国)に流出。更に、その技術は中国の宝山製鉄に渡っていた。日本製鉄は当該元社員や、POSCOを相手取り、損害賠償と製造・販売の差し止めを求めて提訴した。流出にはPOSCO日本法人が組織的に関わり、元社員が韓国の大学に客員教授として招かれ、共同で研究に当たっていたことも分かっている。

この裁判は、2015年に和解が成立。POSCOが日本製鉄に対し300億円の和解金を支払って解決した。トップシークレットだったはずのノウハウが組織的に狙われ、海外に漏れていたということで、当時、大きなニュースとして取り上げられた。

異例の事態 最大手が最大手顧客を訴える

異例の事態 最大手が最大手顧客を訴える

それでは、どうして今回、トヨタが宝山のNOを使っていると分かったのか。

日本製鉄は、実際にプリウスなどを分解して、実物を確認したとみられる。

スマホなど電子機械では、このような手法はよく使われる。だが、自動車を解体して素材を確認するというのは、よほどの事がない限りやらない。

2年前から対応を協議

この調査を経て不正が明らかになったのは2年前で、日本製鉄とトヨタは、その後、対応を協議してきたようだ。それでも、最終的に打開策が見出せなかったことから、今回の提訴に至ったとみられる。

今回の提訴で日本製鉄は、宝山鋼鉄とトヨタ双方に200億円の損害賠償を求めたほか、トヨタには、対象となる電動車の製造及び販売の差し止めの仮処分を東京地裁に申し立てた。

使用した側も訴える

使用した側も訴える

従来から、鋼材生産に関わる技術流出や特許に関わる係争は少なからず発生してきた。しかし、今回がこれまでと大きく異なるのは、特許を侵害したとする直接の相手である宝山鋼鉄だけでなく、それを使用したトヨタ自動車までも訴訟の対象としたことにある。

鉄鋼企業が、自らの大口取引先である自動車大手を知的財産権の損害で訴えるというのは、異例の事態と言える。

後を絶たない日本からの技術流出問題

日本企業が誇る技術が海外に流出する事案は、様々な産業で後を絶たない。

例えば、中国に進出した機械メーカー各社の競争力の要とも言える金型の製造技術が、現地に流出した事例は多い。

また、電機業界ではITバブルがはじけた2000年代前半に、リストラされた研究者が韓国や台湾メーカーに転じたことで液晶テレビなどの技術が流出し、結果として日本企業の競争力が著しく損なわれてしてしまった、などの例がある。

蜜月関係を超えて…日本製鉄の覚悟

蜜月関係を超えて…日本製鉄の覚悟

今回の提訴を前回のPOSCOの件と一律に論じることは出来ない。

理由は2つある。

1 NO(主に車載用モーターなどに使われる)とGO(変圧器などに使われる)では用途が異なる点
2 今回は「技術流出」ではなく「特許権の侵害」という点

である。

それでも、この手の問題は、あくまでも材料供給サイドである鉄鋼メーカー間の問題である。それにもかかわらず今回、日本製鉄は、大手ユーザーであるトヨタまでも訴訟に対象に加えたところに、彼らの強い意思が感じられる。

モータリゼーションの担い手として協力してきた歴史

振り返ると、日本製鉄とトヨタは、前回の東京五輪(1964年)以降の我が国のモータリゼーションの進展に際し、互いに協力し合うことで現在に至る自動車産業の成長の担い手となってきた。

トヨタを世界No1 の自動車メーカーに押し上げることを目指し、両社は信頼関係を築き上げた。この信頼関係が、「世界で最も薄くて、軽くて、丈夫な自動車鋼板」の開発を実現させたのである。

ここ数年で立ち位置が変化

ところが、ここ数年、両社の立ち位置は微妙に変化している。

前回の記事『高炉3社の収益は前年度の8倍へ~「失われた付加価値」奪還への挑戦』で述べたように、日本製鉄は、トヨタに対して販売価格面でシビアな姿勢を取り始めた。そして今回、技術的な側面でもトヨタに対して踏み込んだ姿勢を打ち出した。

自動車電動化に不可欠 無方向性電磁鋼板は死守すべき牙城

自動車電動化に不可欠 無方向性電磁鋼板は死守すべき牙城

日本製鉄がこれまでになかった厳しい姿勢で臨んでいる最大の理由は、NOは陳腐化しておらず、今後の安定した企業成長を実現するために、重要なキーを握る素材であるためだ。

NOは、電気自動車など高性能電動車に搭載される車載用モーターに不可欠な基幹素材なのだ。

電動自動車には、BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)、PHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)、HEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)など、さまざまな種類があるが、いずれもNOを材料とした車載モーターを搭載している。

供給できる鉄鋼メーカーは限られている

NOは、トヨタのニーズに応えるべく日本製鉄が長年にわたって開発を続けてきた。まさに「代表作品」とも呼べる製品である。こういった経緯もあり、日本製鉄はNOに対する思い入れも深い。

製造するには高度なノウハウが必要となる。現在でも、NOを量産できる鉄鋼メーカーは、日本製鉄、JFEスチール、POSCO、宝山鋼鉄、アルセロール・ミタルなど世界でも限られている。

そして、プレイヤーの数が少ないが故に、一般的な鋼材と比較して収益性も高い。

日本製鉄にとって、NOは最重要の戦略製品であり、死守すべき牙城なのである。

ハイグレード電磁鋼板全体の生産能力を3.5倍へ拡大させる

日本製鉄では2021年3月に発表した中長期経営計画の中で、電磁鋼板の能力増強を重要な戦略として掲げている。

さらに、21年9月中間期決算後に実施された投資家向けWeb説明会では、電磁鋼板の能力増強に関わる設備投資額を、従来計画から上乗せし、24年9月中間期までに累計で1,230億円の投資を実施することが発表された。

この投資により、NOとGOを合わせた電磁鋼板全体の生産能力は、現行の1.5倍へ、特にハイグレード品の能力は現行の3.5倍に拡大させるとしている。

日本製鉄にとってこれからの成長の鍵を握る重要な戦略製品だからこそ、今回は強い姿勢で臨んだと言えそうだ。

落としどころを探すことになる

そうは言っても、日本製鉄にとってトヨタは、長年、互いに切磋琢磨してきた大切なパートナーである。一方のトヨタにとっても、自動車のさらなる進化を遂げるためには、日本製鉄が持つ世界最高水準の高い技術力は不可欠である。

今回、日本製鉄は自らの強い意志を内外に示した格好であるが、実際には、これから両社で落としどころを模索することになるだろう。今回の問題が早期に解決されることを望みたい。

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