スキルマトリックスはなぜ必要なのか 開示企業の例とともに解説

2021年6月に公表された新コーポレートガバナンスコードを踏まえ、上場企業を中心に話題を集めているトピックスに「スキルマトリックス」があります。 本記事ではコーポレートガバナンスコードを踏まえたスキルマトリックスとは何かという点と、実務上の検討ポイントについて、実際の開示例も踏まえてご説明します。

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スキルマトリックスとは

スキルマトリックスは、取締役会が監督機能を発揮するために、取締役にとって重要な知識や経験、能力といったスキル(専門性)と多様性の組み合わせを示した一覧表です。

自社の取締役が必要とするスキルを特定し、取締役会全体としてバランスの取れた構成であることを対外的に示し、取締役選任が適切であるということを説明する目的で作成します。

また、もし現在の取締役会の構成がスキルや多様性に不足(ギャップ)が生じている場合、トレーニングの実施や、取締役の選解任を通じた充足を目的としているとも考えられます。

スキルマトリックスが注目されている理由

スキルマトリックスが注目されている一つの理由として、コーポレートガバナンスコードの改訂などの一連の「ガバナンス改革」があげられます。

2022年に予定されている東京証券取引所の市場区分の変更において、特に最上位市場である「プライム市場」に上場する企業に対して、より高度なコーポレートガバナンスが求められており、企業統治の主役でもある取締役のスキルの可視化に注目が集まっているといえます。

実務的には新コーポレートガバナンスコードに以下の原則が追加されたことから、スキルマトリックスの作成がおおよそ「必須」となったと考えられます。

【コーポレートガバナンスコード:補充原則4-11①】
取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである。

ここで重要なのは、単に取締役のスキルを一覧化という作業ではなく、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定し、取締役の選任に関する方針・手続と併せた開示が必要ということです。

スキルマトリックスの事例

上記の「ガバナンス改革」の流れを受け、本年開催された多くの上場企業が主に株主総会の招集通知にスキルマトリックスを掲載しています。

主な方法は各取締役のスキルにフラグを立てるマトリックスの方式ですが、取締役のスキルをチャート化したもの、各取締役の個別プロフィールを掲載するものなども見られます。

日経225構成銘柄のうち、スキルマトリックスを開示した企業は2018年には7社でしたが、2020年には54社と大幅に増加しました。

更に、2021年においては新コーポレートガバナンスコードの公開も踏まえ、相当数の企業がスキルマトリックスを公表すると考えられます。

シンプルなチャートの資生堂

資生堂の2021年3月開催の株主総会招集通知では、スキルマトリックスを一覧の形で開示している他、構成や多様性についてシンプルなチャートで記載していることが特徴です。

また、取締役選任議案の各取締役のプロフィール部分にも、その取締役が有するスキルを記載している点も特徴といえます。

スキル項目の選定理由を明記している積水ハウス

積水ハウスの2021年4月開催の株主総会招集通知では、スキルマトリックスの表中に在任期間や取締役会への出席状況といった情報を記載しています。

また、取締役会の構成や取締役候補者の選定方針なども明記されています。

スキルマトリックス各項目の選定理由が明記されており、なぜそのスキルが会社にとって必要なのかという点について説明されている点が特徴的です。

スキル項目が多数のニトリホールディングス

ニトリホールディングスの2021年5月開催の株主総会招集通知記載のスキルマトリックスで特徴的なのは、スキル項目のラインナップ数です。項目数は14にも及びます(各取締役の主なスキル最大7つまで丸印をつける)。

また表記も「スキル・経験」ではなく、「“知見”・経験」となっており、その中に「賢首否定 変化・挑戦」という、理念的な項目が含まれていることが同社の人材のスキルセットを表している者とも考えられ、特筆されます。

海外に目を向けてみると、ガバナンス先進国である米国企業を中心に多くの企業でスキルマトリックスが公表されています。

例えば3Mでは、コーポレートガバナンスハイライトとして、任期や年齢、ダイバーシティ、独立性が簡潔なチャートで記載されている他、マトリックスにおいてはスキルと属性においてバランスがとれていることを明確化しています。

スキルマトリックスを作成する際のポイント

コーポレートガバナンスコードの作成が推奨されてしまったために「仕方なく」作成する企業も少なからず存在すると考えられます。

ただ、スキルマトリックスを作成する議論を通じて、自社の取締役のスキルセットを再確認し、バランスの取れた取締役構成を目指すために有効に活用すべきです。

実務上、最も難しいのが自社の取締役に必要とされるスキルの「特定」。

上場企業の実務担当者からは、「現在の取締役のスキルをまず抽出し、それらがバランス良く配置されるように必要なスキルを列記した」という声も聞かれますが、それは本末転倒です。

また、「取締役に忖度して過度なスキルを「割り振り」、意図的にバランスよくマトリックスを作成した」という、経営陣への配慮する事務局の苦悩の声も聞かれます。

本質的には自社の取締役に必要なスキルをしっかりと取締役会で議論し、その議論の結果確認されたスキルを軸に、まずは既存の取締役を評価することが肝要です。

結果的に現状の取締役のスキルが偏ってしまっていたり、会社にとって必要なスキルと認識していても、そのスキルを有している取締役が存在しないケースもあるかと思われます。

そういったギャップを発見するためにもスキルマトリックスの作成が有用です。

時間をかけて取締役会のスキルのバランスを是正することを対外的に説明する道具としても活用できると考えられます。

また、取締役だけでは必要なスキルを網羅できていないと考えられ場合、執行役員も対象者に加えてスキルマトリックスを公表している企業も複数存在します。

スキルマトリックスが次世代経営者候補の発掘といった文脈にも有用であることを踏まえると、取締役のみならず上級役職員も対象者に加えても差し支えないものと考えられます。

まとめ

コーポレートガバナンスコードは法律ではなく指針です。

したがって、コード記載の事項に対し、コンプライ(遵守)するか、エクスプレイン(説明)することが求められるものであり、「こうしなければならない」という決まり事ではありません。

そのため、コードの履行状況については企業に任されており、今回ご説明したスキルマトリックスについても「正解」はありません。

あくまでも各企業が置かれた環境において、可能なガバナンス整備を行い、その状況を対外的に明示することが必要です。

コーポレートガバナンス強化の流れは国際的にも主流で、今後さらに高い要求がなされてゆくものと考えられます。

今回のスキルマトリックスの策定を契機に、自社のガバナンス強化について真剣に検討し、投資家をはじめとするステークホルダーが納得できるガバナンス体制の段階的な構築が必要でしょう。

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