かんぽ生命保険問題からみるコーポレートガバナンスの重要性

大企業から始まった「コーポレートガバナンス」を重視した経営が、最近では徐々に中小企業にも広がってきました。 ただ、コーポレートガバナンスを「企業統治」として、言葉だけで理解しているだけでは、現代社会が求めるコーポレートガバナンスを機能させることは難しいかもしれません。そこでこの記事では、コーポレートガバナンスの基礎知識を解説したうえで、2019年に大きな社会問題になった「かんぽ生命保険の不正販売問題」を振り返りながら、コーポレートガバナンスが不十分だったときの経営リスクについて考えてみます。

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コーポレートガバナンスとは

まずはコーポレートガバナンス(以下、ガバナンス)の基本的事項を確認していきましょう。

コーポレートガバナンス・コードの定義

金融庁と東京証券取引所が公表している「コーポレートガバナンス・コード」では、コーポレートガバナンスを以下のように定義しています。

会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。
引用:東京証券取引所『コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~』

上記に定義されたコーポレートガバナンスという仕組みを機能させるためには、経営者がリーダーシップを発揮して企業をコントロールしなければならない、という印象を持つかもしれません。ただ、それはガバナンスを機能させるための方法の1つに過ぎません。実際には、顧客や従業員、あるいは株主といった様々なステークホルダー(利害関係者)が企業に求めていることを考えたうえで、経営者が企業をコントロールしていかなければなりません。

内部統制との違い

内部統制とは、事業活動に関わるすべての従業員が守るべき社内ルールや仕組みです。つまり、コーポレートガバナンスとの違いは、目的を従業員に限定するのか、顧客や株主といったほかのステークホルダー(利害関係者)も含むのか、という点です。

大企業だけでなく、中小企業でも重要視されるコーポレートガバナンス

コーポレートガバナンス・コードは、上場企業向けに作成された「原則」ですが、企業の不祥事に対する世間の関心や監視の目は強まっています。そのため、ステークホルダーの少ない中小企業といえども、ガバナンスへの意識を高める必要があります。

中小企業で望ましいコーポレートガバナンスとは

中小企業では、オーナー経営が少なくありません。オーナー兼大株主兼社長となると、トップの在任期間は長期化します。すると、取締役会の形骸化や、独断的な経営といった弊害が懸念されます。
そこで中小企業庁は、中小企業のガバナンスのあり方として、次のような取り組みの必要性を提案をしています。

  • *外部株主による経営への関与
  • *社会から役員を登用する
  • *外部の利害関係者からの牽制が働く経営体制の整備
  • *取締役会の開催
  • *組織的な意思決定の仕組みの整備
  • *経営計画の策定
  • *管理会計の整備

そして中小企業庁は、中小企業がこうしたガバナンス強化に取り組めば、「投資活動や人材育成、業務効率化といった企業活動の活発化につながる」と述べています。

かんぽ生命保険の問題でも注目を集めたコーポレートガバナンス

コーポレートガバナンスが問題になった大企業の不祥事は数多ありますが、ここでは、「かんぽ生命保険の不正販売問題」からコーポレートガバナンスのあり方と重要性について考えていきます。

かんぽ生命保険問題はグループ会社にも飛び火

2019年に大きく社会の注目を集めた「かんぽ問題」とは、どういった問題だったのでしょうか。

日本政府による郵政民営化で2007年、かつての日本郵政公社は、郵便事業の「日本郵便株式会社」、貯金事業の「株式会社ゆうちょ銀行」、簡易生命保険(かんぽ生命保険)事業の「株式会社かんぽ生命保険」の3社に分社化されました。

さらに、この3社の親会社として日本郵政株式会社という持ち株会社があります。事業会社3社と持ち株会社1社の計4社のことを「日本郵政グループ」と言います。

「かんぽ問題」は、日本郵便の局員が、顧客の不利益になることを知りながら、かんぽ生命保険の保険商品を売っていたことが明るみに出て発覚しました。

ではなぜ日本郵便の局員は不正に保険商品を売らなければならなかったのでしょうか。

その背景には、低金利の長期化や郵便事業の低迷があります。そうした状況から、日本郵便の収益源は、保険商品販売による手数料収入に頼らざるを得ない形になっていました。郵便局員の多くは過大なノルマを課せられ、結果的に高齢者を中心とした顧客に対して、不利益になるような商品を売って収益を上げるという形が定着していたと言えます。

この問題によって、2019年12月には日本郵政、日本郵便、かんぽ生命の3社の社長が引責辞任を発表。さらに金融庁は、かんぽ生命保険と日本郵便に対して、新規の保険販売の3カ月の業務停止命令を出し、日本郵政、かんぽ生命保険、日本郵便の3社に業務改善命令を出しました。

総務省も日本郵便に対して、保険の新規販売業務を2020年1月から3カ月間、停止するように命じ、日本郵政と日本郵便に業務改善命令を出しました。

問題視された日本郵政グループのコーポレートガバナンス

この問題の直接の実行者は、現場の社員たちです。しかし、その「責任」は、3社の社長が、辞任に追い込まれるという形で負うことになりました。
なぜ、現場の社員の不適正な仕事の責任を、社長が負ったのでしょうか。
それは、日本郵政グループのガバナンスに問題があったからです。

かんぽ生命保険と日本郵便と日本郵政の3社は、社外の「利害関係を有していない」弁護士3名で構成する「かんぽ生命保険契約問題特別調査委員会」(以下、調査委員会)を設置して、この問題の調査を依頼しました。
調査委員会はガバナンスについて次のように指摘しています。

かんぽ生命のガバナンスの問題点は、原因究明と抜本解決の先延ばし

・日本郵便のガバナンスの問題点は、郵便局の現場で発生していた不適正募集の実態を把握せず、金融コンプライアンスの要請に対応する体制ができていなかった
・日本郵政のガバナンスの問題点は、持ち株会社として、全役員がグループ・ガバナンスの在り方を承知してなく、情報が不足していて必要な対策を講じることができなかった

このように、ガバナンスがまったく機能していない実態が明らかになりました。

かんぽ生命保険問題の調査委員会が出した結論は

調査委員会は、この問題が起きた原因は、大きく2つあると指摘しました。
1つめの原因は、現場の社員です。
保険募集を行った現場の社員のなかに、モラルが欠け、顧客第1の意識やコンプライアンス意識が低く、自己の個人的な利得を優先した者がいた、と指摘しています。

2つめの原因は、ガバナンスです。

  • 保険募集人に対しての研修、教育、指導が、組織的に行われていなかった
  • 保険募集人に達成困難な営業目標が課されていた
  • 不祥事件の処分がなされていなかった
  • 契約者情報の管理システムが機能していなかった
  • 社内ルールが不備だった

といった形で、複数のガバナンス機能不全を指摘したうえで、調査委員会は日本郵政に対し、「残念ながら、持株会社としてのガバナンスに問題があったといわざるを得ない」と結論づけました。

経営者はステークホルダーに合わせた企業統治を常に考える

かんぽ生命保険問題に関して設置された調査委員会の報告書を読むと、「ガバナンスに正解はない」という印象を持つかもしれません。
つまりガバナンスは、「オーダーメード」のように、それぞれの会社に合わせて考えていかなければならないことがわかります。
だからこそ経営者は、株主や取引先、顧客、従業員などステークホルダーや、経営環境に合わせた企業統治のあり方を常に考え、改善を重ねて、時代にあったものにしていかなければ、企業不祥事と呼ばれる問題を招きかねません。

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