米中対立の狭間で 外為法に見る経済安全保障

米中対立の構図の中で、経済安全保障論議が熱を帯びてきている。楽天の第三者割当増資に中国・テンセントの子会社が応じたことにより、日米両政府が楽天グループを監視する方針だと報じられた。米中両国が制裁を打ち合う中、日本企業は制裁によるリスクをいかに最小化し、攻めの経営をできるか。

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外為法による外資規制とは 株1%以上に届け出ルール

外為法による外資規制とは 株1%以上に届け出ルール

「外国為替及び外国貿易法」、略して外為法。経済安全保障面では輸出管理に加え、2019年の改正により、外国人投資家が安全保障上、重要な日本企業の株式を持ち株比率で1%以上、取得する際に事前の届け出を定めた。

対象となる上場企業のうち、安全保障上重要な事業を営む「コア業種」に該当する上場企業は655社に上り、楽天もそのうちの一社だ。

今回の第三者割当増資でテンセントの香港子会社(Image Frame Investment (HK) Limited)の楽天への出資比率は3.65%となり、外為法による事前審査の対象となる1%を超える。

しかし、出資の目的が経営には関与しない純投資としていることで事前審査の網をくぐり抜けた形となった。

ちなみに、これより数カ月前、フジ・メディア・ホールディングスや東北新社の外資規制違反が国会で取り上げられたが、これは放送法による規制であって、外為法ではない。

しかしいずれにせよ、経済安全保障を改めて意識させるニュースだった。

米中対立からの、経済安全保障環境の変化

米中対立からの、経済安全保障環境の変化

あらためて、経済安全保障の環境をみてみよう。

グローバル・レベルでは、アメリカと中国の覇権、特に最先端技術をめぐる争いがあるのは言うまでもない。

その対立軸を強権政治や人権問題にも広げれば、「アメリカ・ヨーロッパ主要国」対「中国・ロシア」という構図になる。

米国の同盟国を自認し、中国を最大の輸出国とする日本は、地政学的にも否応なしに対立の構図に巻き込まれている。

米中どちらにつくのか、二者択一は難しい

米中どちらにつくのか、二者択一は難しい

ナショナル・レベルで見るとどうか。テンセント子会社による楽天への出資と、楽天グループに対する日米当局の監視方針の報道と前後して、自民党内の岸田文雄前政調会長がSNSを通じて、外資の規制を強化するよう外為法の再改正を主張したと報じられた(注1)

岸田氏はハト派の代表格とされる政治家であるだけに、たとえ次期自民党総裁選も意識しての発信だったとしても、政府・自民党内の雰囲気は明らかに変わってきている。法律は異なるが、外国人の土地取引を規制する法案も先ごろ閣議決定された。

最近、筆者が食事を共にしたある海外有力メディアの特派員記者は言う。「日本は米国側につくのか、中国側につくのか。遠からず、はっきりさせなければならない」。では、コーポレート・レベルではどうか。グローバルに広がるサプライチェーンやマーケティングを考えれば、二者択一で選べるほど単純ではない。本稿では企業二社の参考事例を示したい。

三菱電機、キリンの事例から

三菱電機、キリンの事例から

三菱電機は2020年10月、各国の経済安全保障政策の変化に対応し、政策動向や法制度を調査・分析する「経済安全保障統括室」を社長直轄組織として設立した。同室は、全社における輸出、情報セキュリティ、投資、開発等に関わる経済安全保障の観点から見たリスクを統合的に制御することを目的としている。

同社の日下部聡常務執行役は「アメリカと中国の先端技術を巡る主導権争いはおそらく継続していく。(中略)アメリカと中国の制度を熟知して、グレーゾーンがあるとすれば、それがどう変化していくのかを見通し、最善の事業戦略を計画段階から立てることが重要になっている」と経済安全保障統括室の役割と意義を説明する(注2)。米国、中国の両市場と規制の板挟みになっている日本企業にとって参考になる言葉だろう。

キリン、ミャンマーで合弁解消

キリン、ミャンマーで合弁解消

もう一社はキリンホールディングスだ。ミャンマーで2021年2月1日、国軍が全土に非常事態を宣言しクーデターを起こした。そのわずか4日後の21年2月5日にキリンホールディングスは、2015年から続いてきたミャンマー・エコノミック・ホールディングス(Myanmar Economic Holdings Public Company Limited、以下MEHPCL)との合弁関係を解消すると発表した。

MEHPCLが国軍と取引関係があり、関係が近いことが合弁解消の理由だ。

それと同時に、キリンホールディングスは企業として人権を重視する姿勢を強調した。アジア最後のフロンティアと目されているミャンマー市場。当地でのキリンホールディングスのビール事業は約8割のシェアを占める高収益の事業と言われるが(注3)、クーデター発生から4日後に合弁解消を発表するという迅速な経営判断には舌を巻く。

現地では2021年1月中~下旬には、すでに不穏な空気が漂っていた。当然、キリンホールディングス本社にもそのような情報が届いていたはずだ。

おそらく短時間で情報を収集・分析し、合弁解消によるリスクとリターン、コストとベネフィットを冷徹に計算した上で、高度な経営判断を下したのではないか。そんな様子が目に浮かぶ。

「攻め」の経営に必要な情報と組織

「攻め」の経営に必要な情報と組織

三菱電機とキリンホールディングスの事例から学べるレッスンがいくつかある。

まず、経済安全保障環境を注視して情報収集を行っている点だ。大国による新たな規制が飛び交う中で、規制と動向を絶えず分析し、ビジネスを継続できる「グレーゾーン」を探し戦略を練る。そしてリスクを取った場合、どのようなリターンを得られると考える一方、ロスは何か、ロスが発生した場合、それを埋め合わせられる代替策はあるかを検討しておく。

外資の「真の受益者」を見極める

外為法の規制に即して考えれば、日本企業が規制以上の外国資本を受け入れる際、その外資の真の受益者を把握した上で、自社の経営に与える影響の有無や程度、国内外の政府当局からの制裁の可能性を計った上で意思決定をしなければならない。

仮に、「真の受益者」が外国政府や軍の息のかかった企業だったと後から露見した場合、資本を受け入れた企業が被るダメージは甚大だろう。

輸出規制の場合では、自社製品や開発中の技術や製品が将来、軍事転用が可能な規制対象となりえるかどうか。また、そのような技術や製品を外国企業と取引することで、海外当局から制裁を受ける可能性はあるのか。取引をするなら、どの程度のレベルの技術までなら許されるのか、などだ。

大国の狭間で、迅速な経営判断を

最も重要なのは、何か事が起きた時に迅速で揺るぎのない経営判断を下せるか否かであろう。刻々と変化する経済安全保障環境において、そのような意思決定を下すための土台となる組織があれば、大国の狭間にあっても攻めていけるのではないだろうか。

(注1)日本経済新聞 「岸田氏『政府介入強化を』外資の出資規制巡り」2021年4月9日付朝刊
(注2)日本放送協会「我が社に“経済安全保障室”を~米中対立のはざまで~」2020年12月25日 
(注3)日本放送協会 「キリン ミャンマーの合弁先企業 軍と取り引き関係で提携解消へ」2021年2月5日

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