村上春樹さんから学ぶ経営⑬ 「あれは努力じゃなくてただの労働だ」

前回(「⑫生涯のどれくらいの時間が、奪われ消えていくのだろう」)では、時にはまとまった時間を用意し、深い思考をすることの意義について書きました。そのためには日々の業務を効率的にしなくてはいけません。それでは今月の文章です。

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努力と労働の違い

努力と労働の違い

「だからね、ときどき俺は世間を見まわして本当にうんざりするんだ。どうしてこいつらは努力というものをしないんだろう、努力もせずに不平ばかり言うんだろうってね」

僕はあきれて永沢さんの顔を眺めた。「僕の目から見れば世の中の人々はずいぶんあくせくと身を粉にして働いているような印象を受けるんですが、僕の見方は間違っているんでしょうか?」

「あれは努力じゃなくてただの労働だ」と永沢さんは簡単に言った。「俺の言う努力というのはそういうのじゃない。努力というのはもっと主体的に目的的になされるもののことだ」

「ノルウェイの森」(講談社)の「永沢さん」の発言から二度目の引用です。永沢さんは人も羨む完璧な人間ですが、天与のものに甘んじているわけではありません。

上記の発言の後、卒業後外交官になる永沢さんは、

「俺は春までにスペイン語を完全にマスターする。英語とドイツ語とフランス語はもうできあがっているし、イタリア語もだいたいはできる。こういうのって努力なくしてできるか?」

と続けます。

おっしゃる通りです。筆者は夜な夜な朝まで紫煙とともに卓を囲んでいました。

主体的に目的的に

閑話休題。「努力というのは主体的に目的的になされるもの」。コンサルタントの定番の一つに「業務量調査」なるものがあります。

社員がどの仕事にどれだけの時間を割いているのかを調査、無駄を削減し、付加価値の高い工程に時間を割くようにする、といった手法です。

例えば、営業担当者の行動を調査したところ、伝票作成に10%、顧客への電話に10%、顧客との面談時間に20%、移動時間に20%、営業報告書作成に20%、製品・産業などの勉強に10%、その他に10%といった調査結果が出たとします。

この場合、IT技術を活用することで移動時間と間接業務時間を削減し、勉強時間をもっと増やし付加価値の高い営業をすべき、といった提案になることでしょう。

働き蜂と働き蟻

働き蜂と働き蟻

ちょっと変わった事例もあります。働き蜂の業務量調査です。静止44.2%、あるきまわり31.9%、育房ふた掛け7.5%、育房のそうじ6.7%、採餌飛翔5.7%など(小原秀雄編著「生きものの世界」、講談社現代新書より)。

ナント、「静止」「あるきまわり」を合わせると76%!蜂はとっても忙しいように見えますが、実は違ったのですね。この蜂には、静止とあるきまわりの時間を減らして効率を上げよという提案になることでしょう。

また、本論とはそれますが、働き蜂の集団ではいわゆる2:6:2の法則(よく働くのが20%、平均程度に働くのが60%、さぼっているのが20%)が成立するそうですが、そこから働かない20%を除いても、また2:6:2になるそうです。

働き蜂の良、平均、不可をどうやって観察・判断するのか興味深いところですが、面白いですね。

人間も、「静止」「歩き回り」が多い

人間も、「静止」「歩き回り」が多い

再び閑話休題。働き蜂に注文をつけながら、我々の日常も実は、付加価値に貢献しない「静止」や「歩き回り」の時間が多いのではないでしょうか?自身の日々を振り返ってみても、お客様に付加価値を認めて頂ける時間がどれだけの割合を占めているか反省しなくてはいけません。時間は二度と戻って来ない最も高価なものですが、そんなことはすぐに忘れてしまいます。

残業しないトリンプ

女性用下着トリンプの元社長吉越浩一郎氏。吉越氏は、社長就任後、残業禁止を打ち出し、19年連続増益を達成しました。人間は長時間連続して集中することなどできないのだから、短時間集中して効率的に働いて最大の効果を実現したほうが良いという考えです。

代わりに、トリンプでは常に締め切りが設定され、その締め切りまでに意思決定を求められます。「結論は先送り。考えておいて」は日常茶飯事でしょうが、トリンプでは許されません(吉越氏は著書多数ですが、例えば「結果を出すリーダーの条件 」、PHPビジネス新書等)。

また、世界でも最も利益率が高い製造業として知られる企業に、筆者が過去に取材をした時には驚きました。同社においては、社員一人一人が一時間あたりに生み出すべき付加価値額が決まっており、それを下回る仕事はしないというのです。同社は効率を追及する組織として著名ですが、その発想と徹底度合いに驚かされました。その結果が営業利益率50%と国内最高水準の報酬です。

こういった事例をみると、仕事はいくらでも効率的に濃密にできるものだと思わされます。また、そうすることによって、時間を作り出し、前号で紹介した創造的休暇を実現し(吉越社長は、社員に毎年連続二週間の有給取得を義務づけました)、さらなる高みにいくという好循環を実現しないといけないと思います。

ノーベル医学・生理学賞を受賞した山中伸弥教授は言っています――

「日本人は概して勤勉ですから、努力は得意だと思いますが、明確なビジョンをつい見失いがちです。うちの学生をみていても、そういう人が多いような気がします。遅くまで実験や論文書きや諸々の仕事に追われていると、「自分はすごく頑張っている」と思い込み、満足してしまう。ふと気が付くと、何のためにその努力をしているのかわからなくなっている、ということも珍しくありませんよね」(山中教授とノーベル物理学賞受賞者益川敏英教授の共著「『大発見』の思考法」・文春新書より)。

「ただの労働」を減らし、「主体的な仕事」を

日々の業務に奮闘していると、「あー、良く働いたなあ」と思うのですが、実は進歩をしていない可能性もあります。「ただの労働」を減らし「主体的に目的的に」仕事をし、そして創造的休暇を実現する。極めて難しいことですが、重要な習慣であると思われます。

 
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「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ

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