コロナ禍に有効なアーンアウト条項とは シンガポール案件からの考察

コロナ状況下でもASEAN地域においてPEファンドによる売却が積極的に行われている。アーンアウト条項を通じ、コロナ状況下のリスクを買い手と売り手で分担している例もみられ、危機時の参考事例として紹介・考察したい。

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アーンアウト条項とは

リスクイメージ

アーンアウトとは、買収契約書において、取引のクロージング後に一定の条件(目標の売上高など)が達成されることを条件に、買い手が買収対価の一部を後払いする方法をいう。これにより、買収後に業績が上向けば、買収対価が増えることになる。経営環境の先行きが不透明な中でも、買収対価の値決めがしやすく、買い手と売り手の双方でリスクを分担できる。

最近でも、ペッパーフードサービスによるペッパーランチ事業の売却において、譲渡価額85億円が、一定の売上高目標を達成することを条件に最大で合計102億円まで増額される条項が付されていた(2020年7月3日開示)。コロナ状況下において、売上高が回復した場合に譲渡価額の増大を狙ったものであり、買い手と売り手で不透明なリスクを分担した形と言える。

なお、一般的にはPEファンドはLP投資家へのリターンを確定する必要がある。そのため、受領額が後に変動するアーンアウト条項を受け入れることは少ない。最近は、コロナ状況下で不確実な経済見通しに関するリスクを買い手と売り手で分担するためか、アーンアウトを活用して売却を行うPEファンドも現れている。

シンガポール企業売却に付されたアーンアウト条項について

コロナ状況下でのPEファンドによる売却で採用されたアーンアウト条項の例として、2020年6月22日に開示された、香港上場企業「China Maple Leaf」(中国楓葉教育集団、以下Maple Leaf)が、PEファンド「HPEF Capital Partners」(香港)「Southern Capital Group」(シンガポール)から「Canadian International School」(CIS)を買収(100%企業価値SGD680mn、約520億円)した事案を取り上げたい。
※SDG(シンガポールドル)、mnは百万

開示時期を踏まえると、シンガポールにおけるサーキットブレーカー期間(2020年4月~5月)、すなわち今後の動静が極めて不透明な時期に交渉が佳境に差し掛かっていたと思われる。

Canadian International School(CIS)とは

CISは1990年設立の著名なシンガポールのインターナショナルスクールで、国際バカロレアを提供し、2つのキャンパスに約3,500名の生徒を擁する(2016年時点で約2,900名であり、順調に成長している)。

2019年12月期の財務状況は、売上高SGD118mn(約92億円)、税前利益SGD27.2mn(約21億円)、有利子負債SGD236.8mn(約185億円)。買い手のMaple Leafは中国・大連で1995年に最初の開校をしたのち、中国・カナダ・オーストラリア等で104校を運営している。CISはインドネシア・フィリピン・ミャンマー・タイで商標登録済み・ベトナムで登録中であり、Maple Leafは買収後のASEAN展開を視野に入れている。

売り急いだ?PEファンド

PEファンドによるCISへの投資は、数年が経過しており、売却の可能性や噂はあった。筆者の周囲ではPEファンドは確実に業績の悪化した2020年の財務数値を参照されることを避けるため、売却を急がない例を見ることが多い。その意味では、今回の案件は売却を急いだとも見える。

CIS-Maple Leaf案件の経済条件

インターナショナルスクールイメージ

Maple Leafの開示資料によれば、2段階クロージング、更には売主の対価返還の可能性など、複雑な条件が付されている。

本件の支払条件は、およそ3つの分類がある。なお、以降の記述における各用語・数値の定義は説明のため一部省略している点に留意いただきたい。

第1クロージング

契約締結後、前提条件を充足した後に行われる支払(実際に、8月27日に第1クロージング完了が開示されている)。対価(100%企業価値SGD680mn、約520億円)の90%が支払われる

第2クロージング

学校年度2022(2022年7月31日終了)から70営業日後に行われる支払。主に対価の10%に係る部分だが、学校年度2022のEBITDA SGD51.4mn(約40億円)を基準に、売主のアップサイドが期待できる。実質的なアーンアウト条項で、10%といえど売主が約2年残る想定であり、PEファンドの売却案件では既に珍しい条件と言える。

その他

①アーンアウト・②EBITDA調整・③生徒数調整の3点が規定されており、主に2021年6月までの半年~約1年間の業績等指標に縛りを設けている。売主からの対価返還すらも定義され、買い手の強い意向が読み取れる。

注:なお、CISの会計年度は1月から12月、学校年度は8月から7月である。

後払い分第2クロージングの計算

図表1
※EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization) 営業利益から減価償却を足しもどしたもの
※CAPEX(Capital Expenditure) 資本的支出・設備投資

第2クロージングにおいては、①学校年度2022のEBITDAがSGD51.4mnを超える場合、売り手のアップサイドが期待できる構造になっている。
ただし、SGD51.4mnは後述する学校年度2020のEBITDA調整でも目標値と設定されており、現状維持が最低限求められており、仮に現状より改善した場合に売主が追加的な対価を得られることになっている。

上回った場合は表中のC:EBITDA調整で上限SGD8.4mnのアップサイド(SGD57.4mn、約11.7%増で到達)の他、D:Cash Profitsにて、設備投資含むキャッシュマネジメントを有効にできた場合のアップサイドも規定されている。
なお、②目標値SGD51.4mnを下回った場合のペナルティは規定されていない。

その他 アーンアウト・EBITDA調整・生徒数調整

図表2

第2クロージングが主に学校年度2022と約2年後の結果を参照しているのに対し、これら3項目はより短い期間のリスクに着目している。

①アーンアウトは2021年6月までの11か月間の生徒数に係る条項で、要約すれば、生徒数が3,250人を下回らなければ追加的に支払いをするものとなっている(3,500人を維持できれば上限となるSGD40mnを収受)。買い手は3,500人の維持が難しいと判断したように見える。また、②EBITDA調整と③生徒数調整では、売主からの対価返還の可能性も含む、買い手の強力な意向が反映されたようだ。

交渉背景に係る考察

実態は当事者間でしか知りえないが、開示情報から推測できる経緯を考察したい。

1.譲れない線

SGD51.4mn×14.0xが売り手のValuationの譲れない線で、この水準を維持するために買い手から各種条項が付されたと思われる(なお、100%価値SGD680mn/14.0x=SGD48.6mnで幾分乖離があるが、参照時点の違い等と思われる)。

2.見通し不透明な中での同意

他方で、買い手もコロナ・経済状況が不透明な中、強硬にValuationの引き下げを迫れなかったように見える(双方合意できるような見通しがあれば、買い手はValuationの引き下げに向かうはず)。

3.マクロ動向のリスク分担

売り手がオーナー・経営者ではなくPEファンドであり、コントロールを買い手に明け渡した後の各指標と対価が連動する条項は、マクロ動向のリスク分担であると言える(なお、経営陣は続投の可能性が高く、別途インセンティブ付きの経営サービス契約等を改めて締結している可能性もあるだろう)。

不透明な状況で、双方のリスク分担は有効

本稿を執筆している2020年12月下旬時点で、シンガポールは制限緩和Phase3に入ることが公表されるなど、ほぼコロナ禍を克服したように見える。他方、CISのように駐在員含む海外からの人の流入が重大となる事業においては、シンガポール外の各国のコロナ対策・経済にも左右されるなど、視界不良な状況は継続しそうだ(そもそも、シンガポールはハブ国家であり渡航制限が解除されないと経済そのものも低迷するとの見方もある)。コロナ禍を克服し、かつ国内市場のみで成長が期待できるというごく一部の国を除き、どの国も同様に不透明な状況は続くと思われる。そこで立ち止まらず、本件のような事例を参照しつつ双方でリスクを分担し、ディールを進めるのも有効な一手と思われる。

▽参考URL
クロスボーダーM&A案件に見られる上手な買収の方法 
子会社の異動(株式譲渡)に関するお知らせ
China Maple Leaf Educational Systems Limited 株式取得のお知らせ
Maple Leaf Educational Systems Limited

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