経営危機を乗り越えるリーダーとは ダイエー、日本リースの案件から学ぶ

企業は、長年の間に倒産危機、敵対的買収、大規模災害、不祥事の発覚等の経営危機に直面することがある。現在、コロナ禍に直面している企業は、まさにこの代表例にあたるだろう。 筆者は、これまで日本リースやダイエーなど、様々な大規模事業再生案件等において経営危機に瀕した企業等を救済する役割を担ってきてきた。危機時のリーダーに必要な能力は何か。「平時」のリーダーとは何が違うのか。今までの経験から、危機を乗り越えるために求められる、リーダーの能力について整理した。

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経営危機で経営者が直面することとは

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企業の経営危機と言う場合、真っ先に思いあたるのが業績悪化による倒産危機である。「資金繰りが苦しくなった」、「銀行への借入金が返済できない」、「債務超過に陥った」等の場合がこれにあたる。このような経営危機における経営者がおかれている状況には、次のような特徴がある。

対処するべき事柄が多い
第一の特徴は、経営者が対処すべき事項が多い上、その種類も多様であるということだ。再生計画の策定、資金調達、資本増強、金融機関との条件変更交渉、監査法人との協議、IR等株主への対応、取引先への説明等に対処することが経営者に求められる。
だが、経営者がこれに対する十分な知識を有していない場合が通常である。もちろん個々の対処は企業の各部門の担当者が行うものの、重要な判断は全体の指揮官である経営者が行わなければならない。

求められる対処速度が速い
第二の特徴は、企業に求められる対処速度が極めて速いことだ。資金不足になるXデーが近い場合、経営者は、それに合わせて新たな資金調達をするか、それができない場合には借入金の返済猶予を申し入れて、金融機関から了解を得なければならない。
それに要する期間は長くても数か月程度の場合が多い。同様に、債務超過が確実な場合は、決算期末までに速やかに資本増強策を実行しなければならない。
そのような場合、経営者は部下からの報告や相談も同時並行で多数寄せられるため、ゆっくりと判断する時間がないのが通常だ。

経営危機は初体験
最後の特徴は、経営者とって経営危機時に起こる多くの出来事が初体験であることだ。そのような経営者は、方向性がすぐに見えてこず、危機時において冷静さを失うことが多い。しかし、方向性が分からない中であっても、必要な経営判断をしていかなければならない。
 

経営危機を乗り切るために必要なリーダー(経営者)の能力は

荒波イメージ

一般的なリーダーの定義は、「共通の仕事や目標を達成するために、他人の協力を得ながら社会的な影響力を行使する人」とされている。
リーダーは、①組織の目標を設定し、②その組織目標を全体に伝達し、③組織をその目標に向けて動かしていく、役割を担う。 

そのような平時のリーダーに必要な能力としては、

①目標・課題を設定するための大局観と洞察力
②組織全体にそれを浸透させていくためのコミュニケーション力
③計画実行についてのPDCAをまわしていく実行力
④仕事への情熱を維持する力
⑤目標を達成するための忍耐力・執着力

等があげられる。

しかしながら、経営危機の場合、これらの能力に加えていくつかリーダーに必要な能力が加わる。
先に述べたように経営者は、
多様で多数の重要事項について、未経験でありながら速やかに判断する」ことが求められる。これは、極めて困難な判断であり、「どの経営者も一人で行うことは困難」である。
そうすると、このような危機を乗り越えるには、
「危機時の経営をするための経営チームを組織化すること」
「外部の多様な専門家の力を借りること」

が必要となる。

このため、危機時の経営者に必要な能力は、

短期的に外部専門家等から提言のあった様々な専門情報及び経営情報を峻別し、経営チームから提案があったいくつかの方針の是非を判断する力

である。

この能力を因数分解すると、
A 冷静さを維持する力
B 瞬発力(理解・分析・判断における)
C 決断力(自信)

となる。

どんな判断であっても、冷静さを保てていない場合ならば、正しく行うことはできない。そういう意味で、冷静さを維持すること、そしてそのためのストレス耐性は大変重要である。

また、通常の経営判断のように、様々な人の意見を聞いて慎重に判断する時間はないため、理解・分析・判断における瞬発力は重要である。

そして、最後は決断力である。これは、通常の経営においても必要な能力であるが、ここでの決断は、企業の生死にかかわる重要な判断であり、それを下すために必用な勇気は、平時の比にならないほど大きい。

「何もしない」は倒産を意味する

また、通常の経営の場合と異なり、慎重を期すために「何もしない」という消極的な判断はできない。経営危機において何もしなければ、倒産をするしか方法がなくなるからだ。あるのは、どの選択肢を行うかの積極的な判断であり、その判断をするには相応の覚悟と自信が必要である。

これに加えて、前記のリーダーに必要な能力のうち、危機時に特に重要となる能力がある。それは②のコミュニケーション力だ。
会社が経営危機にある場合に、それを一番心配するのは社員である。もちろん、秘密裏に行う場合もあるが、経営危機をバネに会社を再建していくための鍵を握っているのは社員の意欲である。
不安を社員に与えた責任がある経営者は、社員に対しきちんと説明と謝罪をすべきだし、その上で、社員の協力と団結を呼びかけるためのコミュニケーションをすることが大事である。

また、経営危機時に新しく経営者となった者の場合は、就任直後の社員へのコミュニケーションが重要だ。社員を味方につけて奮起させることができるかどうかで、その後の再建可能性が大きく左右される。社員の「不安」を「期待」に変えていく力は、コミュニケーション力であるし、ひいては経営者の人間性ということもできる。

日本リース、ダイエーの事例から

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次に、私が関与した二つの事例をご紹介したい。一つは、前例のない判断が会社の破産を回避できた事例である。もう一つは、過去の経営判断が別の判断であったならば、その企業の歴史が変わっていたかもしれないというものである。

1 日本リースの事例

私が、まだ30代中頃で倒産弁護士をしていた頃(1998年)、日本リースという会社更生案件で管財人代理を担当することがあった。

会社更生なので倒産後のことであるが、事業自体は存続しており、会社更生を失敗すると破産手続き移行し事業自体が消滅してしまうことから、失敗は許されない。
その当時金融機関の再建型法的倒産手続きは成功した事例がなく、1997年には三洋証券が会社更生申請後に破産となり、同年に山一證券が自主廃業をするに至った。

金融機関は、他者から資金調達をして、その資金を顧客に与信する業種である。資金調達のための信用が不可欠であり、金融機関が一度倒産すると、その企業価値の劣化は著しい。一方で、従来の会社更生手続きは、更生計画を策定するまでに約1年程度の時間を要する場合が多く、その速度ではとても金融機関の企業価値の維持は困難であった。

このため、管財人であった奥野義彦弁護士と私は、会社更生法で規定されていない更生計画策定前の事業譲渡という起死回生の策を考案した。

通常の手続きは、更生計画の中にスポンサーの関与を記載する方式であったので、極めて異例の手法であった。これによって、日本リース管財人は、主要事業であったリース事業をGEキャピタルに譲渡し、そこから得られる譲渡代金の回収金をもって債権者の弁済原資とする更生計画を策定することとしたのである。

金融機関の事業の本質を見抜き、それに応じた再建方針を採るべく、会社更生手続きの管財人の資産売却権限の解釈によって事業譲渡を行うことについて裁判所の了解を取り、それを実行した奥野管財人の冷静な判断がそこにあったのである。
企業経営においても、冷静な状況分析と事業の本質を捉えて判断することは重要であり、そこにおいて前例がなくても判断をする決断力が求められるのである。
 
なお、再生(更生)計画策定前の事業譲渡の規定は、その後の民事再生法及び改正会社更生法において明文化されているが、このことは、日本リースの件の処理が正しかったことを裏付けている。

2 ダイエーの事例

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ダイエーの案件は、私が産業再生機構時代に、当社の松岡真宏代表とともに担当した案件である。ダイエーは、1957年に神戸市で創業した会社であり、1980年代まで「価格破壊」という言葉とともにスーパーマーケット及びGMS(総合スーパー)を全国展開し成長していった。
しかしながら、1995年の阪神淡路大震災の頃から経営不振に陥り、2004年に産業再生機構の支援を受けるに至った。
創業者の中内功氏は、小売業界のカリスマであり、日本のスーパーマーケットの発展に大きく寄与した一方で、出店した店舗の老朽化と小売業界の競争激化による店舗収益の減少が目立つにも関わらず、店舗の改装に資金を振り向けることができなかった。

これは、ハワイのショッピングセンターの買収、無理な中国進出の失敗、ホテル・遊園地等の取得などの小売業以外の事業の失敗等で、当該余剰資金を費消してしまったことによる。また、1兆円を超える巨額の有利子負債を抱えたため、業績悪化による借入金の返済圧力は強まり、保有していたリクルートやローソンといった企業の株式の売却を余儀なくされるに至ったのである。

残すべきはローソンだった?

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ダイエーが先駆者であったGMSという業態は、食品のみならずアパレルや家庭内雑貨、家電等様々な商品をワンストップで購入できる点で1980年代まで飛躍的に成長していった。

しかしながら、アパレル、家庭内雑貨、家電等はそれぞれ専門店が台頭するようになり、消費者が専門店で自らの欲しい物を選択する時代へと変化し、何でも買えるGMSは、専門性のない魅力の乏しい店としてその後衰退していった。

そのような小売業界の劇的な変化の中で、経営判断として惜しまれるのは、ローソンというコンビニエンスストアの売却(2001年)である。金融機関からの返済圧力の中でやむを得ない判断であったことが推察されるものの、2000年代前半であればむしろGMSを売却してコンビニを残す選択はなかったのか、悔やまれるところである。

「セオリー」が正しいとは限らない

経営危機の際には、「本業回帰」「ノンコア売却」という言葉が頻繁に使用されるが、そのような原則的な考え方が常に正しいとは限らない。
もし、冷静に当時の小売業界のトレンドを分析したうえで、コンビニの方を残すという異なる決断をする経営者がいたのなら、ダイエーは今頃どうなっていたのだろうか。
そう考えずにはいられない。
以 上

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