植物工場ビジネスの目指すべき未来 ㊤ 現状編

コロナ禍の中で植物工場が脚光を浴びている。消費者の食に対する感度が高まる中、ネット、スーパーでの需要が伸びているという。植物工場はこれまで日本の研究・理論・技術が世界の最先端を走っていたが、ここ数年は海外の追い上げが激しく、国際的な優位が絶対的ではなくなってきている。また、採算性が上がってきたとはいえ国内でも競争が激化、今後、戦略的に取り組んでいくことが必須である。この記事では、国内を含めた植物工場ビジネスの最前線と今後について、考えたい。

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植物工場の現状とは

日本の農業は総産出額ベースで9.1兆円、畜産を除くと5.9兆円(うち野菜が2.3兆円、米が1.7兆円)の市場である(2018年度ベース。農水省の統計より)。
生産方式でみると大きく「路地」と「施設園芸・植物工場」に大別されるが、これらの内訳を面積ベースでみてみると、日本の耕地全体がここ10年ほどおおむね400万ha程度で推移している中、園芸施設は広義でとらえても3.5~4万ha(1%程度)しかない。

「施設園芸・植物工場」(複合環境制御装置がある施設)となると700ha(全体の0.02%)程度に過ぎない(農水省および一般社団法人日本施設園芸協会の調査より)。面積当たりの生産性が違うとはいえ、「非路地」が占める割合はまだ極めて少ない。

この「施設園芸・植物工場」は、主に光エネルギーの供給源により以下の3種類に分けられる。

●太陽光型:温室などの半閉鎖環境で太陽光を利用し、環境を制御して周年・計画生産を行う(人工光による補光をしていない施設)
●太陽光・人工光併用型:太陽光型であるが、人工光によって一定期間(夜間など)補光する
●人工光型:閉鎖された施設で人工光を利用し、環境を制御して周年・計画生産を行う(太陽光は使わない)

本稿では、3つ目の人工光型の植物工場について考察を行う。なお、これらは「人工光型植物工場」「閉鎖型植物工場」と呼ばれることが多いが、本稿では以下、単純に植物工場と表記する。

植物工場のメリット・デメリット

植物工場の特徴(メリット)は、なんといっても栽培環境を制御できることにある。植物の育成スピードや品質の管理が可能となる一方で、高い初期投資とランニングコストがデメリットになる。

植物工場では、植物の生育をきわめて高度にコントロールする。温度、光、二酸化炭素、栄養分等を空調やLED、培養液等で自在にコントロールできるため、出来上がる植物の成分濃度や品質を季節や栽培地によらず一定化させることができる。
太陽光を利用する施設園芸でも栽培条件のコントロールがある程度は可能であるが、太陽光や外気温度の影響があるため、制御できる範囲に限界がある。

植物工場では、センサーを使って各種育成情報を収集しながら最適な栽培条件を見つけだし、良質な野菜をいつでもどこでも最適期間(最短期間)で量・質ともに安定的に生産できるため、従来型の自然任せで勘と経験に頼らざるを得ない農業とは大きく異なる科学的な農業が可能となる。

閉鎖空間で水耕栽培する(土を使わない)ことで害虫の侵入を限りなくゼロに防ぐことができることから農薬を使う必要もないので、収穫した農産物を洗わずに食べられることも大きなメリットとなる。

一方で、管理可能な生育環境を整備するために初期費用(建物・設備)とランニングコスト(減価償却費と光熱費、主にLED用の電気代)が相応にかかること、安定的に最適生産できるようになるまでに試行錯誤と一定の期間がかかることが最大のデメリットである。そのため、参入は一定の資本力がある企業に限られると共に、これら初期投資やランニングコストをどのように回収し利益を上げ続けていくかが事業化上のポイントとなる。

植物工場の半分近くが赤字

国内の植物工場の現状はフロンティア・マネジメントが実施した経済産業省の調査「植物工場産業の新たな事業展開と 社会的・経済的意義に関する調査事業」(2016年度実施)にまとめている。
設置数は2011年から2016年の5年間で64から191へと3倍以上に増加している。その後は新設数と撤退数が拮抗し、2020年現在でも実質的な数は200程度の状況が続いているが、近年、大型施設の建設・稼働が各地で進んでおり供給量が目に見えて増大しつつある。

植物工場事業の収益性は、一般社団法人日本施設園芸協会直近調査(大規模施設園芸・植物工場 実態調査・事例調査・2019年3月)において「黒字は2割程度で3割が収支均衡、5割が赤字」とされている通り、利益確保は一筋縄ではいかないのが現状である。

なお、大規模化するとスケールメリットが出ることから、全体平均から比べると大規模工場は黒字の割合が高い傾向にある。

レタスが3分の2を占める

主要な栽培品目でみてみると、2/3程度は「レタス類」となっている。これは葉物類が相対的に育成に費やすエネルギー効率が高いためだ。
一部、イチゴやトマトの生産を行っているところもあるにはあるが、まだ実験の域を出ていないと考えられる。

今後もLEDの性能向上は続くであろうが、エネルギー効率の観点から、まだしばらくは葉物野菜が中心のビジネスと考えることが妥当である。

外食、コンビニ向けに需要

生産物の供給先としては大きくBtoB(業務用)とBtoC(スーパー用)とに大別される。
業務用としては、①農薬が不要・虫の混入がない(少ない)②改めての洗浄が不要③供給量と品質が共に安定しているといったメリットを生かし、外食(レストラン等)やコンビニ等のサラダやサンドイッチ用の需要がある。

個人(スーパー)用は販売単価が高いが個食用に個包装する手間と費用が掛かり、業務用はバルクで効率よく大量に販売できる一方で単価が低いという特徴がある。
ちなみに、直近において植物工場のリーフレタスの生産原価は800円~1000円/kgと言われている。
路地物の価格は市場において平均300円/kg程度(大田市場のサニーレタスの2019年実績。時期により200~400円/kgの間で推移)と、依然として大きな価格差がある。

歩留まりが植物工場は9割超、路地物は5割程度と1.5倍程度の違いがあるとはいえ、それだけでは埋められない価格差が依然として存在している。
当然、植物工場の野菜は高品質および選別・洗浄の手間が省けるという付加価値があるが、価格が高いためこれを売れるスーパーは限られており、製造するプレーヤーが増える中、単純に「植物工場が作っている高品質野菜」として販売する以外の道が求められている。

多額の投資集める、海外の植物工場

日本は各種補助金を投じて植物工場産業を育成してきたことから、世界に先んじて植物工場が多く設立され研究および量産化による知見・経験が、抜きんでて豊富にある。
そのため、これまでは「植物工場先進国」と位置づけられ海外からも多くの視察団がきていた。

昨今は、そこで得られた情報を大いに参考にして、海外、特に米国において植物工場の事業化が急速に進みつつある。
日本では、その事業化の難しさが周知されていることから投資家は植物工場への投資に慎重で投資額はせいぜい1~数億円程度が相場である。
米国では今後への期待から数十~数百億円の金が一気に集まる環境となっており、日本とは桁違いの規模の植物工場ファンドがいくつも立ち上がり、その金を集めた農業ベンチャーが研究開発の役割も兼ねた大型設備を作り一気に技術レベルを高め、大きなスケールでのビジネスを展開しようと活動している。

最も有名なのは「プレンティ」社で、ソフトバンク・ビジョン・ファンドやアマゾンのジェフ・ベゾスなどの投資家から2017年に2億ドル(約210億円)の調達に成功している。
同社は独自の「垂直農法」(縦方向に栽培していくスタイル)を採用し、多くのデータサイエンティストを抱えてAIを駆使し、多数設置した赤外線カメラやセンサーを使って照度や温度・湿度・二酸化炭素の濃度を計測・コントロールして、最適な作物の育成の研究を重ねている。
既にレッドリーフレタスやケール、水菜の一種などの販売が始まっていると聞いているが、投資に見合った大きな事業へと成長するのはまだこれからである。なお、垂直農法は2022年に市場規模が58億ドルに達するとの(楽観的な)予想も存在しており、そういった市場予測とAIによるイノベーションが続くことを前提に、各ベンチャーは巨額の投資資金を調達することができている。
そうそう簡単に成功するとは思えないが、目を離せない状況である。

次回㊦「将来編」

㊦将来編では、植物工場がコモディティ化する中での戦略について述べたい。

▼続きはこちら
植物工場ビジネスの目指すべき未来 ㊦ 将来編

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