外国公務員等贈賄問題 贈収賄は“被害者なき犯罪”か ㊦ 被害者は国民

国内外で後を絶たない、贈収賄事件。後半では、本当の被害者は誰なのか、再発を防ぐには何をすれば良いのか、について考察した。

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誰が被害者なのか

ユーロ

贈収賄は公正な市場競争を歪める。権力と贈収賄は持てる者と持てないものの格差を広げ、社会を不安定化させる。考え方としてはわかるが、贈収賄という犯罪の被害者は誰なのか、今一つピンとこない。

被害者は、国民

例を示そう。贈賄により、ある特定の企業の製品が政府に採用された。その企業の製品は競合他社より質の面で劣っており、金額も高かった。その企業の製品を採用したことにより、製品事故による死傷者が出た。あるいは、高額な製品を採用した分、他の行政サービスに振り分けられる税金が減った。
この例でいけば、贈収賄の被害者は、巡り巡って事故に遭った消費者と、税金が浪費された分、良い行政サービスを受けられない国民となる。

ボストン大学のレイ・フィスマンとUCLAのミリアム・ゴールデン教授は、贈収賄や腐敗が国の経済成長に与える悪影響を示してくれている。2人は、ともに産油国であるノルウェーとベネズエラを比較。1960年には同等だった両国の国民一人当たりの所得だが、2015年においてはノルウェーの国民一人当たりの所得はベネズエラの8倍にもなっていた。その違いは、両国における汚職・腐敗度の深刻さだったと結論付けている(⑨)。

贈賄は直接的・短期的には個人の被害者を生まない犯罪かもしれないが、中長期的にみれば、個人の生活や利益、幸福をも損なう罪と言えないだろうか。

贈賄なき企業社会に向かって

ESG

贈収賄はビジネスを進めるための禁じ手、必要悪だろうか。いや、違う。経済成長を阻害し、社会を悪くする犯罪だ。では贈賄をなくす、少なくとも減らすためにどうすれば良いかを考えたい。

まず、業界や同業他社間で囚人のジレンマが働くというのであれば、業界での取り組みが必要であろう。かつて、日本では一部の業界で「談合決別宣言」がなされた。大規模な汚職事件捜査を受けてのものだったが、これにならって、贈賄リスクの高い業界・企業において「贈賄決別宣言」をし、囚人のジレンマを解消することが贈賄撲滅への第一歩にならないか。

ESG指標が抑止力に

決別宣言後も談合は起こっている、という批判もあろう。だが、今はESG(Environment, Social and Governance)という投資指標があり、贈賄、汚職・腐敗は”Governance”のカテゴリーに入っている。贈賄防止への取り組み、贈賄行為の露見・発覚を、今以上に厳しくレーティングすることは、ESG投資に注目が集まっている分、贈賄の抑止力の一つになる。

実際、MSCI(アメリカの金融サービス会社)のESG投資レーティングでは、2016年11月には”A”だったエアバスへの評価は、今回の贈賄疑惑をSFOが捜査を開始したと明らかになった後の2017年12月以降は、”BBB”になっている。ちなみに、ライバル・ボーイングは、737MAXの墜落事故が発生して以降、”A”から”BBB”、そして”BB”まで評価が下がっている(⑩)。
ESG投資のレーティングは、贈賄防止・抑止の観点からも意識されるべき指標であっていいはずだ。

捜査能力の一層の向上を

国立競技場

「(金は)後から見ても分からないように相手に送るんですよ」。

新型コロナウイルスの蔓延で一年延期となった東京オリンピック・パラリンピック。その招致活動に関わった幹部の1人が、2017年6月、ある会合の場でこのように言い放った。得意げであると同時に、少し冗談めかした調子で。

東京五輪招致活動における国際オリンピック委員会(IOC)委員への贈賄疑惑を巡っては、フランスの司法当局が捜査を続けている。この発言を切り取っただけでは、招致委員会が本当に贈賄をしていたのか判然としない。立証に必要な賄賂の相手、収受、要求、約束の事実や、賄賂の種類、性質、数量、価格などの詳細が全く分からないからだ。

筆者は決して一年後に延期された五輪の開催に水を差すつもりはない。言いたいのは、なぜ、日本の当局がこの疑惑の捜査を担っていないのか、という点である。筆者の知る限り、日本の捜査当局はこの疑惑について情報収集はしたが捜査には着手しなかった。なぜなら、不正競争防止法では、IOC委員や理事を「外国公務員等」とみなしておらず、容疑性がない。それゆえに本格的に捜査できなかった(しなかった)のだと考える。

まとめ

冒頭に示した通り、外国公務員への贈賄事件の法執行件数を比べると、米英に比べて著しく日本の起訴件数は少ない。その差は、国のインテリジェンス(情報の収集・分析)活動や、法制度のインフラの違いにもよるだろう。しかし、インテリジェンス大国の米国・英国でさえ、DOJ、FBI、SFOといった行政・法執行機関のホームページでは広く情報を募り、捜査で判明した事実を世界に開示、発信している。

贈収賄の防止・撲滅に向けて、日本の捜査官庁・当局もできることはあるはずだ。それが企業の贈賄に対する大きな抑止力となり、ひいては、日本企業がガバナンスをさらに高め、国内外でより社会的・経済的貢献のある企業活動を展開することにつながっていくだろう。

【脚注】
⑨ Ray Fisman and Miriam A. Golden, “Corruption – What everyone needs to know”, p.86, 2017年, Oxford University Press
⑩ MSCIホームページを参照。エアバスについて。
 ボーイングについて。
  

▼過去記事はこちら
外国公務員等贈賄問題 贈収賄は“被害者なき犯罪”か ㊤ なくならない背景

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