外国公務員等贈賄問題 贈収賄は“被害者なき犯罪”か ㊤ なくならない背景

米国海外腐敗行為防止法(FCPA)の制定から43年、日本がOECD外国公務員贈賄防止条約に署名して23年が経つが、同種の事件は国内外で後を絶たない。それは贈収賄が個人法益を侵害しない“被害者なき犯罪”だからか。贈賄は“禁じ手”ではあるが、ビジネスを円滑に進めるための「必要悪」という意識からか。

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国内で起訴は、7事件のみ

お断りイメージ

Foreign Corrupt Practices Act (FCPA・米国海外腐敗行為防止法)、Bribery Act (UKBA・英国贈収賄防止法)、不正競争防止法の外国公務員贈賄罪…。国際的なビジネスに従事している人であれば一度は耳にしたことがある法律だろう。

プラスチック製品製造・販売業の「天馬」は2020年4月2日、海外の子会社から当該国税務局員に対し、計約2,500万円の不適切な支払いが確認された事案に関する第三者委員会報告書を公表した。その約1か月後、天馬は代表取締役の交代と再発防止策の策定を相次いで発表した。
報道によると、天馬はベトナムでの追徴課税を免れるために不適切な支払いをしたとして、不正競争防止法違反の可能性があることから、東京地検に事案を自主申告した(①)。

同法違反では、2018年7月に三菱日立パワーシステムズがタイの公務員に贈賄したとして、元取締役と元執行役員、元部長が起訴された事件が記憶に新しい(元取締役は控訴中)。しかし、不正競争防止法違反(外国公務員贈賄罪)で起訴された事件は、三菱日立パワーシステムズの件を含めて7件しかなく(2020年5月18日時点)、OECD贈賄防止作業部会も苦言を呈するほどの少なさだ(②)。

欧米では高額ペナルティ4,300億円も

エアバス

これに対し、米国でFCPA違反の法執行件数は2020年だけでも10件あり、1977年の法制定以降、司法省(DOJ)で延べ484件、証券取引監視委員会(SEC)で同208件の法執行があった(③)。これらの事件の中には日本企業と日本人従業員も含まれている。英国の重大不正捜査局(SFO)も、同局がこれまでに捜査した30件のUKBA違反や汚職・腐敗事案をホームページで開示している。

科せられる罰金も桁違いに高額だ。2020年2月、航空機メーカーのエアバスは、SFOとDOJ、フランス金融検察局(PNF)との間で、贈賄・汚職捜査について罰金計約36億ユーロ(約4,300億円)を支払うことで和解に合意した(④)。
エアバスが発表した2020年1-3月期の連結決算では、フリーキャッシュフローがマイナス80億3,000万ユーロ(前年同期はマイナス43億4,100万ユーロ)に悪化し、贈賄に対する制裁の大きさを如実に物語っている(⑤)。

英米仏の捜査によれば、エアバスは2008年から2015年の間にアジア、中東、南米の計14カ国において航空機などの納入の見返りに贈賄、あるいは贈賄の申し出ていた(⑥)。エアバスは、”Business Partner(BP)”と呼ぶ営業エージェント網を世界中に構築し、BPや元エアバス社員のコンサルタントらを仲介して政府関係者等、顧客にアプローチ。仲介者の中には、エアバスの幹部に「お客様は怒っておられる」などとメッセージを送るなどして納入機数と賄賂額の決定に介在する者もいた。

エアバスの担当者たちはある顧客に”Van Gogh”(ゴッホ)などのコードネームを付けてコミュニケーションをとり、架空の契約をたてて請求書を偽造。あるいは賄賂を薬にたとえて「2011年3月8日に54mg処方」といった具合に贈賄額と送金日の調整を、メールで行っていたことも捜査で明らかになった。

囚人のジレンマの心理

ベルーガエアバス

一説には、エアバスは上記の贈賄工作により、10億5,000万ユーロ(約1,260億円)の利益を積み上げたという(⑦)。贈賄と摘発、罰金というリスクを冒してまでエアバスが受注を伸ばそうとした背景には、ライバル・ボーイングの存在があったことは想像に難くない。

「顧客からの金の要求を断れば、発注をライバル社にもっていかれるかもしれない」「要求の通りの金額を支払わなければ、発注数が減らされるかもしれない」…。エアバスの営業幹部、担当者にはこのような囚人のジレンマが働いたのではないだろうか。少なくとも英米仏当局の調査報告書を読んだ限り、エアバスが顧客からの要求に、BPなどのエージェントを通じて何とか応えようとしていた様子が窺える(⑧)。

こうした囚人のジレンマによる焦燥感は、航空機業界のみならず、競争市場の中で活動していれば、様々な業界で起こりえるだろう。そして、こうも考えられるのかもしれない。「賄賂を贈っても良いだろう。顧客も自分たちも”Win-Win”で、だれも損をしないのだから」。

わかりにくい贈収賄の被害者

贈収賄罪は時に”被害者なき犯罪”といわれる。その理由は、殺人などと違って法律で保護された個人の利益(例えば、生命、身体、財産、自由)、つまり法益を損なわない犯罪だからだ。

だが、企業活動は個人のみならず、社会や国家、あるいは世界も豊かにしている。だとすれば、法律学や刑法学の概念から外れようとも、社会利益、国家利益も考慮しなければならないのではないか。

【脚注】
1 読売新聞 2020年5月11日付朝刊など
OECD “Japan must urgently address long-standing concerns over foreign bribery enforcement” 2019年7月3日
3 DOJとSECの重複事案も含む
SFO “SFO enters into €991m Deferred Prosecution Agreement with Airbus as part of a €3.6bn global resolution” 2020年1月31日
Airbus reports first Quarter (Q1) 2020results 2020年4月29日
6 SFO, DOJ, PNFの捜査資料を参照
Bloomberg 2020年2月1日
8 囚人のジレンマは、AとBという2人が共犯であるとみる前提に立っている理論だが、この例ではエアバスの競合他社も同様に贈賄を行っているという前提には立っていないことを明記しておく。

㊦被害者は国民 に続く

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