「くまモン」登場10周年㊦ 熊本地震後の失速 海外戦略の誤算

2010年3月の登場から、10年を迎えた熊本県のキャラクター「くまモン」。 関連商品の売上高は1579億円(2019年)、8年連続で過去最高を更新と、右肩上がりで成長しています。しかし、成長率で見ると、2016年までの6年間は平均約120%の成長を見せる一方、2016-2019年は7%とペースは落ち込みます。 「熊本地震『特需』の反動」「国内での知名度が一巡した」という見方がある一方で、海外での人気を十分に生かし切れていないという実情がありました。 2020年4月14、16日で、震度7を二度記録した熊本地震からちょうど4年目を迎えました。 くまモン10周年企画の㊦では、くまモンの海外進出をめぐる混乱を紐解くことで、グローバル時代、ネット時代のブランド戦略のあり方を考えます。

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海外での想像以上の人気

くまもん ダンス

くまモンが毎日のように登壇する交流施設「くまモンスクエア」(熊本市中央区)。数年前から、来場者の過半数が中華圏から来るようになりました。団体バスで近くに乗り付け、ショーを楽しみ、グッズを大量に買っていく姿がよく見られます。

※現在は、コロナウイルスの影響で休演中です。

中国版Twitterの「微博」では、いくつもの非公式アカウントがあり、日本国内でのくまモンの動きがリアルタイムで拡散されています。日本の公式アカウントより、フォロワーが多いアカウントもあるなど、熱狂的なファンを生んでいます。
また、日本文化への親しみがあるフランスでも人気があり、観光親善大使に選ばれたり、フランスで開かれる日本関連イベントに毎年のように呼ばれたりしています。

くまモンは、多くの観光客を熊本に呼び込んできた一方で、海外での売上は全体の約4%の65億円と、知名度を考えると明らかに物足りない数字です。

関連商品売上高

「熊本熊」と「酷MA萌」

ステージにくまモンが登場すると、中華圏から来たお客さんは、口々に「熊本熊!」という言葉を発します。

くまモンは、中国語では「熊本熊」(ション・ベン・ション、Xiong Ben Xiong)と呼ばれています。元々は、ネット上で広がった愛称ですが、2019年3月にようやく正式な中国名と認められました。
当初、くまモンは日本だけで展開していました。知名度の低い熊本県が、新幹線の開業を機に、少しでも関西や関東で存在感を高めたい。そんな気持ちではじめたプロジェクトですから、海外に進出するなど考えにも及びませんでした。

2011年にゆるキャラグランプリで優勝し、知名度が上昇すると、動画投稿サイトやSNSを通じて、くまモンの映像が瞬く間に中華圏に浸透していきます。くまモンに関連するニュースも、ファンを通じて翻訳され、ほとんどタイムラグもなく伝わります。

同時に、「熊本熊」という愛称も広がり、熊本県の知らないところで、商標申請も進んでしまいました。結果として、大量の偽物商品が出回ることになりました。

くまもん電車
熊本市と郊外を結ぶローカル私鉄「熊本電鉄」。電車は30分に1本。本来なら、乗客もまばらな平日の昼間の駅に、中国語の会話が響きます。彼らの目的は、車内外にくまモンをあしらった「くまモン電車」。主に台湾からの団体ツアー客が連日やってきて、SNSに写真をあげていきます。そのおかげで地方のローカル線が軒並み乗客数を減らす中、熊本電鉄は乗客が増加傾向です。ちなみに、車体は都営地下鉄三田線や東京メトロ銀座線を引退した中古車両。東京の人には懐かしい姿です。

初期設定「クマではない」が、制約に

くまもんポスター海外

 「くまモン」登場10周年㊤でも触れましたが、くまモンは「クマではない」という設定があります。熊本県としては「『熊本熊』という名称は使えない」という立場を貫きました。

熊本県は2013年、海外での活動をするにあたり、県の上海事務所の職員ともに正式な中国語名「酷MA萌」(クマモン)をつけます。「酷」は最近の中国語で英語「cool」(かっこいい)の当て字。「萌」はアニメファンが「かわいい」の意味で使う「萌え」の意味です。

熊本県が公式に発表する中文資料にはすべて「酷MA萌」を使用。「『熊本熊』とついた商品は、すべて偽物」とPRしても、浸透しませんでした。

あるグッズ業者は「購入者の多くが中華圏の人だが、『酷MA萌』は字面が悪く、使いにくい。『熊本熊』は県の指導で使えないので、『KUMAMON』と英語表記のみにしている」と話していました。

朝日新聞社が2018年に、「くまモンスクエア」に来た中国語を話す観光客にアンケートしたところ、50人中43人が「熊本熊」と回答しました。参照 朝日新聞デジタル 2018年9月14日「熊本熊と呼ばないで」(会員限定記事)

 

「熊本熊」への統一

くまもん自転車

中国語がわからない人が見ても、当て字の「酷MA萌」よりも、シンプルでわかりやすい「熊本熊」のほうが、何を指しているかよくわかります。

熊本県は2019年3月、北京で記者会見して中国語名を「熊本熊」に変更したと発表します。
中国、香港、台湾などの当局と協議し、勝手に出されていた商標を却下してもらうとともに、県が「熊本熊」の商標を使えるように調整しました。

くまモンが登場した2010年当時は、まだガラケーの時代。今ほどSNSの影響力もありませんでした。また、日本と海外での文化的なタイムラグがなくなり、日本で人気が出たものがあっという間に海外に伝播する、という現象も予想できていませんでした。

一方で、海外では日本より早いペースでスマホが普及し、SNSの影響力が急速に拡大していきます。情報の伝達に、国境はなくなっていきました。くまモンの中国語名を巡る混乱は、そうした情勢変化への対応の鈍さが一因となっていました。

「くまモンはクマではない」という設定と「熊本熊」の呼称は、依然として大きな矛盾を抱えています。熊本県の担当者は「当問題につきまして、解決の見込みはありません」としています。

偽物との戦い

台湾 くまモン?

熊本県の担当者が、中華圏に出張に行くと、毎回のように店頭をまわり、くまモンの偽物商品を探します。数多くのくまモンの偽物商品に加え、あるイベントでは「熊本県から許可を得た、くまモンのライセンス管理会社」まで発見しました。当然、そのライセンス業者自体が偽物です。

上海に登場した「大江戸温泉物語」の『偽』施設でも、偽のくまモンのぬいぐるみが、お客を出迎えていました。

どうして、そんなことが起こるのか。ある海外の流通業者は話します。「くまモンは無料で使える。『Free』という認識が広まっており、『勝手に使っていい』と思われてしました」。現地駐在の県職員が、個別に偽物への対応を進めましたが、限界がありました。

くまモンは、県の許可さえ有れば、無料でイラストを利用できました。その代わり、県内企業や県の農産物を使うなどの条件をつけることで、熊本県の宣伝をやってもらうことが目的でした。

国内では、地方自治体ならではの「損して得取れ」戦略がプラスに働きましたが、海外では理解されず、マイナスに働いたのです。

熊本熊は知っているけど…

papijiàng

「中国人は『熊本熊』は知っているけど、熊本は知らない」。
ある時、熊本県が招いた中国のインフルエンサー(KOL)「Papi醬」(パピちゃん)は、報道陣の取材に対しにそう話しました。
くまモンは、国内では「熊本のご当地キャラクター」という扱いですが、海外では熊本という一地方都市への関心は薄く、単なる「KUMAMON」「熊本熊」というキャラクターと認識されています。

つまり、海外では「ゆるキャラ」というフィルターがなく、「ドラえもん」「ハローキティ」などと同じ土俵で扱われるのです。それだけ、高いクオリティと管理が求められることになります。

「無料」の原則を捨てる

熊本城

2018年初頭、熊本県はついに海外企業にも有料でくまモンの利用を解禁します。原則国内、原則無料という方針からの大転換でした。利用料を、偽物対策や品質管理の費用に充てるという考えです。

ただ、いくらくまモンを売り込んでも、海外では必ずしも熊本県の利益につながりません。
また、県内企業から見れば「地元優遇」が無くなる、と不満が噴出しました。

くまモン関連商品の売上高は、右肩上がりとはいえ、成長のペースは鈍っています。くまモンチームの担当者は「国内ではこれ以上、知名度が広がらず、限界がある。成長の余地がある海外に進出するのが一番」と話します。しかし、一度偽物が出回り、「Free」という誤解の生まれた市場で、正規品が売上を稼ぐのは想像以上に困難な道となりそうです。

くまモンは、地元プロサッカーチーム「ロアッソ熊本」のユニフォームにも描かれてきました。しかし、国際的なルールで禁止されている「地方政府のシンボル」と認定され、「政治的である」という理由で2019年のシーズンから使用が禁止されました。チーム側は抗議しますが、ルールを厳格に運用すると、そうなってしまうようです。

まとめ

ガリガリ君

くまモンはこの10年、地方自治体主導のプロジェクトとしては、異例の成功を収めました。地方から海外に、SNSの影響で一気に人気が広がるのは、一昔前なら考えられない事です。「まずは東京、全国に広がってから海外へ」という発想から、最初から海外を見据える。地方の企業にもそうした発想の転換が求められているのかもしれません。

 

前編はこちら→「くまモン」登場10周年㊤行政主導のブランド戦略 追随許さぬ秘訣とは

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