村上春樹さんから学ぶ経営㉕ ニッチ再び。大谷選手と「何かを捨てないものには、何もとれない」

私が経営の根幹だと考える「ニッチ」(『隙間』の意味ではありません)について、再び論じたいと思います。大谷翔平選手の活躍が常識外であったため、少々長い回となります。それでは今月の文章です。

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もし僕らのことばがウィスキーであったなら

もし僕らのことばがウィスキーであったなら

こんな小さな島で、いくつもの蒸留所がそれぞれの個性的な「棲み分け」をしていることに僕はまず驚かされる。(中略)どの酒にもそれぞれの生き方があり、哲学があるのだろうという気がする。どのメーカーも「まあ、だいたいこのへんでいいだろう」というような安逸な考え方をしてはいない。横並びではなく、それぞれが自分の依って立つべき場所を選びとり、死守している。それぞれのディスティラリー(蒸留所)には、それぞれのディスティリングのレシピがある。レシピとは要するに生き方である。何をとり、何を捨てるかという価値基準のようなものである。何かを捨てないものには、何もとれない。

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」(平凡社)からの引用です。

村上春樹さんは紀行文をいくつか書いますが、なかでも本書はスコットランドとアイルランドでシングルモルトの飲み比べをするという、何とも羨ましい旅行記です。春樹さんの奥様が撮影された写真が添えられた、美しい本です。

大谷選手の活躍

大谷選手の活躍

ウィスキーをひとまずおきまして、大谷翔平選手の活躍目覚ましく、また非の打ちどころのない好青年で、NHKの大リーグ中継で大谷選手が出場するとつい見てしまいます(バックネットの広告欄に表示される「JAE」=日本航空電子工業株式会社は、日本の電子部品企業です)。

私は、5年ほど前に出版した拙著( 「営業利益率20%のビジネスモデル」、日本経済新聞出版)において、ちょうど米国に移籍する前の大谷選手にふれました。

高度化・細分化・平坦化した世界において全ての分野で一位になることは難しいとの主張のなかで、「どちらかに集中すべきではないか」と書いたところ、その後のAmazonの感想欄で「間違ったね」とのご意見を頂戴しました(感想、意見を頂けるのは誠に嬉しいことです)。

大谷選手の活躍には脱帽ですが、二つの発見がありました。

1.複数分野で一位は、やはり容易ではない

まず、大谷選手の実績をみてみましょう。

投手 打者
日本での5年間 42勝15敗 防御率2.52 打率.286 本塁打48
米国での4年間 13勝5敗 防御率3.53 打率.264 本塁打93
うち2021年 9勝2敗 防御率3.18 打率.257 本塁打46

2021年の本塁打数は圧巻でしたが、それ以外は目立つものではありません。それぞれの一位は、勝ち星20勝、防御率1点台、打率3割半ばです。稀有な才能と幼少期からの努力を続けた大谷選手でもこの実績なのです。

46本の本塁打を打つ選手が9勝をあげることが驚異的であることは言うまでもありませんが、多くを目指すことは容易ではないことが確認されたと言えます。

二刀流は、それぞれの分野に特化している人からみればうらやましく、悔しくもあるでしょう。

何でもできる子

我々の人生を振り返えればよくわかります。子供のころは、算数も国語もできて、脚も速くて、歌も上手で、絵も描ける「何でもできる子」がいるものです。

しかし、自分が属する「市場」が市、県、国、世界へと拡がり、学ぶ内容も高度化していく中で、全てで秀でることは難しくなります。「何でもできる」から、何をやらせても「そこそこできる」程度の魅力になり、逆に、小さいころ目立たなかった子が、特定分野で尖った才能を示すことになります。

構造的変化――高度化、その結果としての細分化、および、平坦化(=世界の垣根がなくなり優れた企業・人が世界全体に影響力を持てる)――は疑いのない事実です。

二刀流は汎用化できず、新市場でもなくなった

大谷選手の活躍をみて「二刀流を目指す」といった記事もみますが、汎用化できるものでないでしょう。

二刀流で成功したのはベイ・ブルース以来、すなわち100年に一度。自身が100年に一度の才能の持ち主だと思わない限り辞めた方がよいと言えます。

さらにいえば、大谷選手が実現したことで、二刀流はもはや新市場でなくなりました。

2.二刀流のために「捨てた」もの

二刀流のために「捨てた」もの

逆に、大谷選手がどちらかに特化していたらどうだったか?

もちろん誰にもわかりませんが、打者として昭和の大記録である1試合4打席連続本塁打(王貞治氏)、投手として9連続奪三振(江夏豊氏)を超える、奇跡を実現したかもしれません。

すなわち、逆説的ですが、大谷選手は片方での歴史的快挙、例えば5打席連続本塁打や10連続奪三振を捨て、「双方において上位数%」を選択したのです。

奪三振記録については、ロッテの佐々木希朗投手が13連続奪三振という超人的な新記録を打ち立てましたが、それは投手に特化した大谷選手が成し遂げていたかもしれないのです。

つまり、大谷選手も「何かを捨てないと何もとれない」を実行したのですが、慧眼といえるのは、仮にそのどちらかを達成していても二刀流ほどは話題にならなかった可能性があること、言い換えれば、「正しく捨てた」ことなのです。

個人的には、大谷選手が二刀流を続けながらも、どちらかに比重をかけ、このような歴史的業績を達成して欲しいと祈願します。

企業経営でいえば

企業経営でいえば

以上のことは組織にも当てはまることもあれば、当てはまらないこともあります。

すなわち、企業経営で考えるべきはAngelsであり、大谷選手ではありません。

Angelsは、大谷選手に加え、高打率の打者、長距離の打者、速球の投手、変化球の投手、足の速い選手・・・等様々な選手を抱えています。構成メンバーの能力しだいで、組織として対応可能であり、何を捨てるか、何を得るかという選択の自由度ははるかに高いでしょう。

複数刀の特異例

企業においても大谷選手に匹敵する驚きの企業があります。

信越化学は、(極端に表現すると)価格が全てに優先する汎用品である「塩ビ」。

価格など関係なく技術が全てである最先端半導体集積回路製造用の「感光材」――半導体産業が勃興したとき、鉄と半導体の重量単価が比較され、今後は付加価値産業を目指すべきだとの議論がありました。この二つの重量単価を比較したら千倍どころではないでしょう――。

そして、その中間的な「シリコーン事業」。

これら全く特性の異なる事業において圧倒的な競争力を持っています。

他にも、例えば、京セラは祖業とは全く関係のない通信企業(現KDDI)の創業者であり、ミネベアミツミはミニチュアベアリングでの圧倒的地位のみならず、同事業を含む「8本槍」(8つの事業)を掲げています。

とはいえ、大谷選手同様に、これらの特異例を「汎用化」することは危険でしょう。

これらの企業はまず何かしらで圧倒的優位を確立した後に、(その圧倒的優位を確立する過程において獲得したであろう)優れた組織能力を展開していると言えます。

総合電機と専門企業

総合電機と専門企業

米国にはGeneral Electricという企業があり、日本の巨大電機企業は「総合電機」と呼ばれていました。

総合電機5社――日立製作所、東芝、三菱電機、日本電気、富士通――は、かつてそれぞれの分野の専門企業と競争していたのです。

パソコンではDellと、携帯電話ではAppleと、エアコンではダイキンと、半導体ではIntelと、自動車部品ではデンソーと、電子部品では村田製作所と、装置では東京エレクトロンと、ITシステムではIBMと・・・。これはなかなか大変です。

高度化・細分化した産業界において特定分野に特化した企業が、平坦化した世界において世界を制覇するケースのほうが一般的でしょう。

買い物テスト

「企業は希釈化してはいけない」と主張する「ポジショニング戦略」(アル・ライズ、ジャック・トラウト。海と月社)は、「買い物テスト」を紹介しています。

夫にメモを渡して買いものにいってもらう。メモに「クリネックス、バイエル、ダイアル」とかけば、ティシュー、アスピリン、石鹸をかってくる。
では、「ハインツ、スコット、クラフト」と書いたとすると、夫は何を買ってよいのかわからない・・・というのは、「ハインツ」にはピクルスとケチャップ、ベビーフードがあり、「スコット」にはティッシュと紙タオルがあり、「クラフト」にはチーズとマヨネーズとドレッシングあるからです。無節操な領域の拡大はブランドの希薄化をさせてしまう危険があります。

最も重要なのは「ニッチ」

買い物テストが示唆すること=その企業(人)ならではのこと=を、一言でいうと「ニッチ」となります。

過去の連載で述べましたが、ニッチとは一般に認識されている「隙間」よりもはるかに深い概念、すなわち「その生物にだけ許された生物学的地位」であり、経営においても我々の人生においても最も重要なことと私は考えています。その企業(人)の名前を聞いてすぐに想起される製品なりサービスなり文化なりがあること。枕詞と言ってもよいでしょう。

イチロー選手の打率ニッチに対して、大谷選手は二刀流ニッチを確立したと解釈できます。

他者と最も違うもの

マイケル・ポーターは、企業経営者は時に以下の質問をしてみるべきだと書いています。

「製品のうち、他社と最も違うのは?」
「(開発から販売にいたる)工程のうち、もっとも差別化されているのは?」。

よく言われることですが、何でもできるは何もできないに等しく、何かを得るには何かを捨てなくてはいけないのです。

企業は(我々個人も)自社のニッチ、枕詞を常に意識する必要があると考えます。

  
▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ

 

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